第54回日本実験動物学会総会トピックス

 

(AVA-net会報 2007/7-8 125号掲載)
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今年(2007年)の日本実験動物学会総会は、5月23日から25日にかけて東京・船堀で開催されました。

■動物実験代替法が心配?

大会開始の前日に日本実験動物医学会によって「動物実験代替法における分子毒性学的アプローチ」と題する教育シンポジウムが開催されました。動物実験が代替法へと移行してしまうと「商売あがったりだ」と司会が何度も繰り返していましたが、実験動物を専門とする学会でも代替法をとりあげたというのは、やはり「今後どの程度までシミュレーションに代替されていくのか」を情報共有しておきたいからなのではないかと思います。

代替法は、なにも動物たちのためだけのものではなく、より早く・安く・簡単に化学物質の安全性や薬効を予測したい開発企業にもメリットをもたらすものです。近年、ゲノム解析がすすみ、化学物質が分子レベルでどのような作用・毒性をもつのかについての知見が積みあがってくるとともに、その予測手法についても研究が進んできました。

このシンポジウムでは、そういった技術的な話題が提供されましたが、やはり驚いたのは、「動物というブラックボックスで実験しても結果もブラックボックスだ」というたとえで説明した研究者が、「将来どの程度代替されていくか」という質問に対して、「今後数年間は動物でデータをつみあげなければならないが、その後、たとえば100年後ならin silico(インシリコ:計算機内)だけできれいにいくかも」といった内容の回答をしたことです。

バーチャルヒト、バーチャルマウスを最終目標とするための現在の問題点は、たとえば循環器の学会では循環器に関係する遺伝子について知識があっても、他の学会の人は知らないといった、細分化された状況もあるようです。

■環境エンリッチメントの必要性

実験動物にせめてもっとよい飼育環境を与えようというのが環境エンリッチメントですが、常に研究者側から出てくる反論のひとつが「いままでの環境の実験で積み上げてきたデータとの比較ができなくなるのではないか」という点です。

今回の学会でも、マウスのエンリッチメントについての研究発表の場で、案の定その質問をした人がいました。しかし発表者は、金網の上で飼育されるラットの血圧が高いという論文なども例に出し、「エンリッチメントは必要」とはっきりと結論づけて回答していました。マウスがひどい目にあう話ばかりの学会で、この発言を聞けただけでも「来てよかった」と思いました。

考えてみれば、ストレス度の高い環境で実験したデータから科学的に正しい結論を導き出せているのでしょうか。

こういった学会には、毎回いろいろな動物実験関連企業のブースが出ていますが、年々エンリッチメント関連商品も増えてきていると感じます。ただ、現実にはどの程度普及しているのかが見えてこないところがやはり残念です。

■動物福祉・倫理に関心が?

最終日、同学会の動物福祉・倫理委員会が企画したシンポジウム、「新しい法令に基づいた実験動物管理者等の果たすべき役割」では、会場の小ホールは満席、立ち見もあふれて、会場の外に設けられたモニター画面で見ている人たちが大勢いました。

このシンポジウムは、動物実験指針制定などの動きを受けて、実験動物管理者とは何かを考え、その責任と役割を明確にすることがテーマ。大学における実験動物管理者の主な役割は、飼養者や実験実施者への教育訓練だといった話が出ましたが、逆に実験動物管理者が受けるべき教育がテーマの講演をした研究者が面白い話をしていました。

それは、動物実験をする人は、「ノーマルな人」であるべきだという話です。「ということは、アブノーマルな人が多いの!?」と突っ込みを入れたくなるようなフレーズですが、その意味するところは、「動物が苦痛を感じていることを自覚している人、動物に感謝(慈しみ)の念を持つ人になれ」という意味だそうです。「感謝」については、個人的には、むしろお詫びの気持ちを持ってほしいと思っていますが、苦痛に関しては、「マウスはシッポをピンセットでつかまれれば嫌なんだということをわかっていてやっているのと、わからないでやっているのでは違う」という説明に大きくうなずいてしまいました。

ただ、シンポジウム全体を通じて感じたのは、施設・機関によって規模や分野、事情などが異なるので、なにごとも一律には決めてほしくないという雰囲気があったことでした。たしかに事情はそうなのだろうとは思いますが、こうやって各機関のわがままが通っていくと、指針の意図している制度自体もなし崩しになっていくのでは……と不安になります。

情報開示についての質問などもあり、「開示を前提で考える」という回答からは、時代が多少変わってきたことを感じました。ただ、裏を返せば「開示したくないことは書かないで」とも受け止められるので、指針に盛り込まれたといってもなかなか前途多難なことには変わりはないのではないかと思います。

ちなみに、公私立大学実験動物施設協議会に加盟している大学へのメールによるアンケート調査では、今年4月1日現在、機関内の動物実験規定を制定しているところが60%で、今年度中に8割が制定予定とのことでした。

また、環境省の改正実験動物基準の解説書はまだ出ていないとのことです。

■動画と写真のもつ力

一般演題発表では、ラットの後ろ足にマヒが出る率の高い系統について、遺伝子解析を行ったものがありました。ポスター発表や、他の演題発表でも、いろいろ痛々しい写真は出てきますが、この発表では、若くして下半身にマヒが起きているラットを動画で映したため、ひときわ印象に残ってしまいました。やはり、動画の持つ力は強いです。後ろ足に痛覚はないとのことでしたが、このような系統を維持することに意味があるのだとしたら、ほんとうに動物実験は無慈悲な行為だと思います。

また、以前はなかったのですが、発表中のスライドの写真は撮影禁止だという説明が何度かあり、一体どうしてなのか……といぶかしく思いました。

■残念な市民公開講座

最後に行なわれたのが市民講座で、「食」がテーマでしたが、北野広が遺伝子組換え食品を薦めていてビックリ仰天でした。研究者による動物実験の宣伝と、北野広・前田武彦による世間話対談で終わってしまっており、残念な講座でした。


【ポスター発表からPick up】

●新たな実験動物ヒメコミミトガリネズミ繁殖集団の確立(名古屋大学ほか)

食虫目トガリネズミ科のヒメコミミトガリネズミを、新たな実験動物「パルバ」として繁殖させ、マウスなどと比較した発表。ほかにもヨーロッパモリネズミを用いた実験などがありましたが、定番の実験動物以外にもいろいろな動物が実験動物化されているのは悲劇です。マウスだけでも微生物コントロールが大変そうなのに、いろいろな動物を持ち込んで大丈夫なのでしょうか。

●帝王切開後の里親系統の検討(理研バイオリソースセンター)

文部科学省が資金提供し、実験動物などの遺伝子資源の収集・保存・提供を行なっている「ナショナルバイオリソースプロジェクト」で、マウス部門の中核機関となっているのが理研バイオリソースセンターです。マウスの寄託を受ける際は、出産直前のマウスから胎児を帝王切開でとりだし、すでにクリーンな環境で飼われている別の里親マウスにつける方法でSPF化を行なうわけですが、その里親をどの系統にしたら離乳まで育つ率が上がるかが研究されていました。

マウスの帝王切開法はよく行なわれている方法ですが、手順を写真で見るのは初めてで、とてもショッキングでした。

●新しく開発した個別換気ケージ&ラックシステム(ダイダン株式会社ほか)

個別のケージにHEPAフィルタつきのファンユニットをつけたシステムを考案したとのことで、そのケージで飼育した実験動物への影響を見た研究発表でした。動物実験というのは、あたらしい飼育器具があらわれれば、その評価も動物を使って検証しなければならないという世界です。

●培養ラット胎児におけるデビルクロー(DC)の影響について(鎌倉女子大ほか)

デビルクローは、健康商品・サプリメントとして販売されているハーブの一種です。その影響を見るために、ラットの胎児を取り出して、培養液で育てながら実験を行なったという発表でした。写真もついており、なんてひどい……と思いましたが、これも成体を用いた動物実験の代替法なのだと言われると、ほんとうに「代替法とはなんなのか?」と悩んでしまいます。


【抄録からPick up】

聞くことができなかったセミナーなどについては抄録からご紹介します。

●韓国の現況

韓国では、動物実験分野が急成長をとげている様子です。すでにAAALAC International(国際実験動物管理認定協会)の認証をとった施設が5施設あり、動物保護法にも実験動物関連の規定がもりこまれ、来年からは動物実験倫理委員会が法的条件となるなど、日本を追い越している面も。

●コモンマーモセットの「有用性」

新たに霊長類を用いた実験を始めたい人向けに、コモンマーモセットの実験動物としての有用性を宣伝するセミナーも開かれていました。小型で取り扱いやすく、Bウイルスの自然感染例がない、年2回複数の子どもを生む、などが実験動物として使われる際の利点となってしまっています。

●自然突然変異個体の発見方法

病気のモデルになるマウスをつくるためには、自然に病気や障害をもって生まれたマウスを発見することが重要になってきます。「子供のような純真な瞳と好奇心を持ってマウスを観察する気持ちが大切である」と書かれると、目的が目的だけに複雑な気持ちになりました……。

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