今、関係者の実験動物に向き合う姿勢が問われる

※本稿は、NPO法人地球生物会議ALIVE会報「ALIVE」102号(2012春号)に寄稿したものです。

※現在はALIVEには関わっておりませんし、活動もまったく支持しておりません。

 
 5月25~27日、今年(2011年)は東京で日本実験動物学会総会が開催されました。今総会はテーマが「産・学・技・連携による新しい実験動物科学の創成」と大変壮大ですが、実際には「動物実験分野は突っ込みどころ満載。もっと科学的に洗練された新しい時代を迎えなければいけない」という雰囲気もなきにしもあらずに感じました。

 しかし、そういう中にも旧態依然の体質が色濃く出てしまったのが、動物愛護法改正を意識した企画です。

強引な司会進行にあ然―
相変わらず「動物実験は自主規制で」

 パネルディスカッション「実験動物と動物実験の適正化について」には、環境省動物愛護管理室・西山室長、文部科学省ライフサイエンス課・石井課長、厚生労働省内閣官房厚生科学課・田中課長補佐の三人が呼ばれ、動物愛護法や動物実験指針についての話がありました。そして、続いて実験動物学会の動物福祉・倫理委員会から「外部認証に関する原則」なるものを提言する発表がありました。

 これは、現在3つ存在する動物実験関連施設の外部検証制度(国立大学法人動物実験施設協議会と公私立大学実験動物施設協議会によるもの、製薬企業等を対象としたHS財団によるもの、生産業者を対象とした日本実験動物協会によるもの)を一つの傘の下において、統一のレベルを保持させるためのアンブレラ・ガイドラインを策定するというものです。

 つまり、「我々はますます自主規制の取り組みに励んでいる」というアピールでもありますが、問題は、「この取り組みは評価していただけますよね? だから法規制不要で問題ないですよね?」という主張について、環境省から公開の場でイエスの言質をとりたいという意図があからさまだったことです。この強引な司会進行ぶりにはあ然としました。しかも司会は、当の環境省の小委員会の委員でもある、熊本大の浦野徹氏です。

 これに対しては、環境省・西山室長が「一般の人たちの懸念は、外部認証を得るような施設ではなく、もっと小規模の施設等で動物実験が適正に行われているかどうかだと認識している。国の動物愛護管理の取り組みとしても、その部分はどうしたものかと考えているところ」と、むしろ市民の代弁をしてくれたような形です。文科省も、「外部認証はまだ始まったばかりと認識」と積極的な評価は避けました。

 それ以外では、国立感染研究所・山田靖子氏が、三つの外部評価だけではすき間に落ちてしまう実験施設があることを指摘し、省庁を超えた統一の指針をつくるべきではないかと発言。会場からの質問を受け付けない企画だったので、これがなければ、関係者からの都合のよい発言だけで終わった可能性もありました。

飼育環境をよくすると病気にならない!?

 シンポジウムⅡ「動物実験におけるエンリッチメントを考える-実験動物福祉の充実を目指して-」では、昨年(2010年)「Cell」誌に公表されたエンリッチメントに関する重要な論文が紹介されました。注)

 つまり、エンリッチメントを徹底的に行った環境で飼育したマウスは、そうではないマウスと比べると、植えつけた腫瘍がそれほど大きくならないという話です。当たり前といえば当たり前のことですが、このことは動物実験に対する根本的な問いを投げかけています。

 また、海外では、もはやエンリッチメントを行うことが前提となっているそうで、むしろ行わない場合に、その科学的根拠を動物実験委員会で審査するとのこと。

 しかし日本では、エンリッチメントによって実験結果に問題が生じるという考えが未だ幅をきかせており、そのことは質疑応答にも表れていました。実際には、輸入のエンリッチ用品の多くは、医薬品承認申請等の際のGLP試験に使える適合品なのにもかかわらずです。阪大・黒沢努氏が「皆さん、もっと勉強してください」と激を飛ばす一幕もありました。

 動物種ごとの話題提供も興味深いものでしたが、マウス・ラットの福祉のための実験では、テレメトリー(心拍数などのデータを外に送る装置)を体に埋め込む手法がとられ、本末転倒のことも起きていました。手法についても福祉への配慮はされないのでしょうか。また、得られた情報を皆で今後の飼育に生かしてほしいとも感じました。

 ウサギについては、海外ではメスや子どもは群飼育が基本とされていますが、神戸大から実験優先の理由で単独飼育に固執する発表があり、かたくなな日本の体質を感じました。ウサギは、体の大きさに対して小さすぎるケージが使われてきたので、ぜひ広いケージを推進してほしいのですが、「5つの自由」のとらえ方等々、少々疑問も残りました。

 対して、「緩和的飼育管理」を掲げる東北大の技術者の方によるブタの取り組みは印象的です。ブタは、実験用に生産されているわけではなく、養豚場から実験施設に来ると環境が激変します。人の3歳くらいの時期に実験に使われるので、栄養管理に加えて、不安や苦痛をとりのぞくためのきめの細かいケアが必要とのこと。体をさすってあげているのは特に心に残りました。この方は、抄録に「動物実験と実験動物を別の基準で扱うのでは動物福祉は進展しない」とも書いています。

 実はこのシンポジウム冒頭には、『動物実験の生命倫理』の著者でもある大上泰弘氏の講演もありました。氏の場合は、3Rでは足りないと言っています。実験関係者に強い自己反省を促すような論調は印象的でした。そして抄録には、はっきり「政治・行政といった権力によるチェックは(中略)最低限のレベルでは必要と考える」ともあるのです。

霊長類の遺伝子改変は許されるか?

 遺伝子改変動物に関するシンポジウムでは、倫理的話題は、実験動物中央研究所(実中研)が行ったコモンマーモセットの事例に集中しました。マウスの遺伝子組換えでは多くの個体の淘汰を伴いますが、このマーモセットの場合、卵子のとり方を工夫し、事前に遺伝子解析をすることによって、1匹も殺すことなく成功したのだそうです。

 とはいえ霊長類ですから、製薬会社からも倫理面の審査等に関する質問がありました。所内の委員会審査を経たとのことですが、霊長類初の遺伝子組換えの報道が、EUで霊長類の大会が開かれているときに重なり、現地は大騒ぎになったとのこと。京大の松沢教授らが、1匹も殺していない、イメージング技術を用いるなど侵襲的な手法はとらないと説明してその場が落ち着いたのだそうです。

 しかし、実中研は一民間機関であり、実験動物販売の日本クレアと一体ともいえる組織です。本当に将来的にもそれらのことが担保されるのか、また、どう担保するのか。組織内の動物実験委員会では限界を感じます。ちなみに、マーモセットたちは2年経った今も発症はしていないとのことで、疾病モデルになるかどうかは未知数とも感じました。

 ほかには、マウス・ラットの異種間キメラの話にも衝撃を受けましたが、倫理的批判が起きないようなのが疑問です。

苦渋の安楽死は避けられたのか―
東北大の被災状況

 東日本大震災直後ということもあり、「実験動物施設の危機管理」という企画に、急遽東北大の被災状況報告が加わりました。大変生々しい報告で、実験動物の維持、とくにマウスのSPFの維持に大変な努力がなされたことを知りました。

 ただ、いわゆる動物実験施設では、飼育ラックの転倒はなかったとのことで驚きます(普通の棚のみ転倒)。翌日に100匹ほどの死亡を確認したそうですが、これは自動給水器の不具合によってケージの中に水がたまり、溺死したものです。

 また、暖房に必要なガスの復旧が見込めないことから、施設利用者に対し、動物の30%削減、つまり安楽死を求めたとのこと。その結果、マウス26,000匹のうち8,000匹、モルモット19匹、ウサギ7匹、イヌ1匹、ブタ2匹が安楽死されたとのことでした(されなかったのはヒツジ、サル)。

 しかし、ガスの復旧が急に早まり、しなくてよい安楽死をしてしまったことが悔やまれるとのこと……。いずれ実験に使われる命ですが、行政はもっと連携して復旧に関する情報提供をする気持ちを持ってくれなかったのでしょうか。何とも言えない気持ちになってしまいました。

 また、学内には実験動物の飼育場所として登録が68カ所あり、そのうち58カ所で実際に動物が飼育されていたそうですが(3分の2がマウス・ラット)、多くが震災直後に安楽死処置とされ、逸走の報告はなかったそうです。日ごろの地震対策の重要性が強調されており、東北大以外ではどういう被害があったのか知りたいところですが、そういった話は出ませんでした。

「評価の科学」は動物実験を減らすのか?

 日本製薬工業協会後援のシンポジウムは、「新薬開発におけるレギュラトリーサイエンス」です。狭い意味で「行政の科学」と受け止められがちなレギュラトリーサイエンスですが、目指すところは科学と社会の調和の実現であり、そのための「評価の科学」が本質であるとのこと。動物に犠牲を強いてほしくないというのも、まさに社会からの要請のひとつであり、ぜひ調和を図っていってほしいと強く願います。

 実際、製薬業界からの発表では、医薬品規制の国際調和のためのICHの3Rの取り組みや、霊長類の利用を減らす試験法の動向などが紹介され、3Rが重要な位置を占めている印象がありました。一方で承認審査を行う医薬品医療機器総合機構からは「動物実験の比重が高くなる」という発言もあり、むしろ製薬企業の方がコスト面からも3Rを推進したいが、「安全性」を求める国との間にせめぎ合いがあるのか?とも疑います。企業より、大学の方が3Rを気にかけていないという経験談も出ました。

 ファイザーからの発表では、ある薬剤の承認申請に際して、マウスの発ガン性試験の結果がヒトでは当てはまらないことを立証するために、多くの動物実験が追加で必要だった話がありました。3Rの点から問題ではありますが、既存の試験法が万能ではないことを示唆する点で、興味深い話です。

 種差の問題についてはシンポジウム「マウス・ラットはヒト疾患モデルとして有用か?」がとても気になる内容でしたが、同じ時間帯に複数の企画が重なっているため、聞くことはできませんでした。

ブース展示

 国際的な動物実験施設の認証団体であるAAALACのブースでは、改訂された最新版の”The Guide”(アメリカのガイドラインですが、AAALACの認証を得るにはこれに適合している必要があります)の日本語訳「実験動物の管理と使用に関する指針 第8版」を1施設1冊まで無料配布をしていました。こういう取り組みで現場での意識向上がなされることを願います。

 ほかには、実験動物用の麻酔装置や、新しいCO2安楽死装置、エンリッチメント材などが気になりました。もちろん、全体は実験用器具の宣伝です。海外の有名な実験動物生産会社のビーグル犬やサルのパンフレットも配布されていました。

マウス用エンリッチメント材
マウス用のエンリッチメント材。ハウスですが、かじってぼろぼろにもできます。
一般演題発表Pick up

「京大霊長研で見られたニホンザル血小板減少症」

 発表を聞くことはできませんでしたが、霊長研で未知の感染症がアウトブレイクした件について、発表が4つもありました。大事件だったことをうかがわせます。

ポスター発表Pick up

「わが国における実験動物慰霊祭の現状~アンケート調査の結果から~」

 この発表は動物福祉分野に分類されていましたが、死後にしかありえない慰霊という行為について、日本の関係者は本気で動物の福祉だと考えているのでしょうか? 現実の実験動物の扱いによい影響を与えるものであれば、もちろん歓迎すべきですが、「昔はひどかった」と言われる時代にも慰霊祭は行われていました。本気で慰霊を語るのならば、免罪符としての慰霊祭からの脱皮が必要です。ちなみに、回答のあった95.5%の施設で慰霊祭が行われているとのことでした。

注)
Cellの論文は以下のものです。
Environmental and Genetic Activation of a B rain-Adipocyte BDNF/Leptin A xis Causes Cancer Remission a nd Inhibition
Cell 142,. 52–64, July 9, 2010

 
また、先行する論文には以下のものがあります。

Enriched environments, experience-dependent plasticity and disorders of the nervous system
Nature Reviews Neuroscience 7, 697-709 (September 2006)

 
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