日本実験動物学会第3回疾患モデルシンポジウム
「精神神経疾患のモデル動物とその応用」

2010年11月18日

※本稿は、AVA-net会報「AVA-net」147号(2011/3-4号)に寄稿したものです。 誌面の都合で割愛した部分を追加するなど、若干掲載時から修正を行っています。

※現在、AVA-netは存在しません。吸収合併した団体についても活動も支持しておりません。

 
 マウスやラットなどのネズミたちにも、意識や感じる心はありますが、ヒトと全く同じような自己認識能力や思考能力を持っているわけではありません。言語は使いませんし、コミュニケーションの方法も違います。脳の形態や機能もヒトと異なっています。

 しかし今や、ネズミでもヒトの精神疾患が再現できるという前提のもとに、さまざまな実験動物が生み出されています。いわゆる疾患モデル動物です。11月18日、日本実験動物学会が、精神神経疾患の治療法開発のためのモデル動物をテーマにしたシンポジウムを開催したので、疑問を感じつつ聞いてきました。

統合失調症~そもそもモデル動物はありうる?

 統合失調症は症状が千差万別で、生化学的な検査もなく、精神活動の変調や認知機能の障害が主な症状とされている病気です。この疾病の動物モデルをつくることはそもそも可能なのでしょうか。統合失調症の疾患モデルについては、雑誌「Nature」も辛口に書いているとのことでした。

 疾患モデル動物というのは、動物に無理やり病気を発症させるものです。そのためには、病気の原因がわかっていなければなりませんが、統合失調症はまだ原因がわかっていない病気です。そこで、いくつもの仮説にもとづいて、試行錯誤が行われているようです。

(1)脳内物質に原因があると考え(ドーパミン仮説など)、ヒトで似たような症状が出る薬を動物に投与する

→ドーパミン作動薬(覚せい剤)で作った症状は本当に統合失調症なのか。入れられている容器の壁をしきりになめるラットは、ヒトの統合失調症をあらわしているのか。(ドーパミン仮説自体も、近年では疑問を呈されています)

(2)患者の遺伝子から原因遺伝子を推測し、ノックアウトマウスをつくる

→有力と言われている遺伝子はあるが、必ずしも発症と相関していない。根拠が薄い。

(3)患者の傾向として、出生時の低体重などが言われているので、薬物投与によって低体重出生ラットをつくる

→うまくいかない。

 国立研究所の研究者は、すでに(1)、(2)に限界を感じて(3)を模索しているようでしたが、製薬企業の研究者は、(1)の薬物投与モデルで可能だと考えています。たしかに、薬をつくるためなら(1)がもっとも都合がよさそうです。

 マウスの症状は、移動運動量や迷路課題の成績などから判断されますが、強制水泳などの実験も行われます。これらの成績の低下には身体症状を含めさまざまな原因があるでしょうし、即、統合失調症の症状によるものとも思えません。

偶然発見されてきた薬効

 では、病気の原因がわかっていないのに、なぜ統合失調症に効くとされる薬が既に存在しているのでしょうか。それは、抗うつ薬、抗不安薬、気分安定薬も同様ですが、初期に発見されたこれらの分野の薬はすべて、もともとは他の目的のために開発された薬剤に、偶然後からヒトでの効能が見つかってきた歴史があるからです。

 考えてみれば、そもそも科学は動物に精神など認めてこなかったのですから、動物実験で精神病に効く薬をみつけようなどという考え方が先に生まれたはずもありません。

 逆に言えば、偶然見つかった薬の作用から推測して、病因に関する仮説が立てられてきました。しかし実際には、症状を緩和させる薬が、病気の根本原因を治しているとは限りません。仮説が間違っていても似た症状が出るかもしれませんし、逆に正しくても動物では同じ症状が出ない可能性もあります。

自閉症マウスやADHDマウスも

 自閉症やADHDを再現したとされるマウスのことも発表されていました。染色体をいじったり、人工的に遺伝子に変異を起こしたりしてつくられます。しかし、自閉症も本当にその遺伝子だけが関与しているのかどうかわかりませんし、ADHDも原因は不明です。他のネズミを見に行くか、新規物に関心があるかなどを試して、ヒトの障害をあらわしている「かもしれない」とされています。

 しかし例えば、お腹をすかせていても食べにいかない理由はわからりません。怖いのか、やる気がないのか。もっと言えば、空腹を感じないのかもしれないし、どこか体の具合が悪いのかもしれません。ネズミと話せない以上、このような動物実験には限界があると思います。

エンリッチメントで症状改善?

 ポリグルタミン病という神経疾患の動物モデルでは、遺伝子導入されたマウスは歩けなくなります。アルツハイマー病やALS(筋萎縮性側索硬化症)などについても動物モデルがつくられてきましたが、このシンポジウムの抄録には「いずれも病態を忠実に反映した疾患モデルという段階には達していない」とはっきり書かれています。華々しい報道と裏腹です。

 また、成年期以降に発症する病気は、マウスの寿命が短いため、そもそも疾患モデルをつくっても発症しずらいとのことです。また、モデル動物をより快適なエンリッチメント環境で育てるだけで、症状が改善してしまうという話もあり、考えさせられます。マウスで効果があることが、ヒトでは再現できないとも言っていました。

感想

 精神疾患のモデル化は進んだと思っていたが、まだ難しいものを感じたという感想が閉会の言葉でも出ていました。まさにその通りで、研究している人たちこそ、限界と問題をわかっているのではないかと感じたシンポジウムでした。

参考文献:『精神疾患は脳の病気か』(エリオット・ヴァレンスタイン著 功刀浩監訳中塚公子訳 みすず書房 2008)

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