ワークショップ 「サル類の検疫における諸問題」
サル類の疾病と病理のための研究会
第10回サル類疾病国際ワークショップ
「サル類の検疫における諸問題」
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2004年12月10日
文部科学省研究交流センター
おもに実験用サル類の飼育に関わる人々で構成されている「サル類の疾病と病理のための研究会」が、第10回目のワークショップを筑波で開催しました。テーマは、サル類の検疫です。実験用が70%をしめる輸入ザル、現状はどうなっているのでしょうか。
発表内容概略
「サル類の検疫をめぐる諸問題(総論)」
吉川泰弘(東京大学)
サル類の検疫の法的根拠ですが、まず、家畜伝染病予防法は直接サルのことを扱っていません。感染症法の改正によって、動物由来感染症の中にエボラ、マールブルグが入り、2000年から法定検疫となりました。
サル類の輸出入に関し、国際対応として最上位に来るのは、ワシントン条約。霊長類はすべて指定を受けており、付属書IかIIのどちらかに入ります。実験用のマカクザルなどはII類なので、輸出国・輸入国の許可があれば貿易可能ですが、実際には締約国の中でも、インド、バングラディッシュ、タイ、マレーシアが、II種であっても輸出全面禁止です。しかし中国、インドネシア、フィリピン、南米等は、繁殖したサルについては許可しており、実際には日本に輸入されています。
さらにWTOの顧問機関であるOIE(国際動物保健機構)の規約が、加盟国に対して拘束力を持ちます。輸入国・輸出国の責任などが書かれており、感染症法の改正などにも影響します。
取引のある国同士が独自に結ぶ二国間協定もあり、まず国際法があって、さらに国内法があって、最終的に検疫委託ということで農水省が検疫の対応をするわけです。
では2004年の感染症法の見直しで何が変わったか。一番変わったのは輸入届出制度で、来年9月から開始。サルは検疫に入っていたので、実質上は大きくは変わりありません。また獣医師の責務として、届出義務と罰則もでき、いくつかの疾病が入りました。
感染症法の改正によって、遅まきながら「野生動物は何でもフリーだ」と言われた時代から、やっとすべての動物に対して何らかの対策(届出、禁止、係留、モニタリング、サーベイランス)がとられるようになったわけです。
もし何かが起きたとき、ペットか、展示動物か、実験動物かによってリスクも社会的インパクトも違うので、具体的なマニュアルが必要だと考えます。2005年年明けから厚労省で対応予定です。
「アジア各国におけるサル類の検疫」
◆中国 劉 艶薇
((株)新日本科学)
サルの輸入は少なく、輸出の方がはるかに多い。繁殖所の数も、2003年の34カ所から2004年は50カ所に増えました。アカゲザルはほとんどアメリカへの輸出です。2003年、SARSの際は日本の農水省が施設の査察を行い、書類と現実があっておらず、一時輸出停止にもなりました。
サルの繁殖場を作るときは、飼育繁殖許可を林業局からもらいます。輸出するときには輸出の許可が必要です。実験動物の生産には生産許可証明書が必要ですが、サルは対象外なので、もしサルも対象になるなら、中国の実験用サルの品質が向上するのではないかと思います。現在は管轄する行政機関が不明確で、公的に管理する機関がありません。繁殖場の飼育環境にばらつきがあり、公立の検査機関もないのです。
検疫は「出入境動植物検疫法」に基づき、輸出先国と交わした検査規定により検疫を行い、証明書を発行します。現在の証明書は項目が細かくなり、日本向けには日本専用の書式を使っています。
日本の農水省の査察を受け、日本に対し輸出検疫ができる施設は9施設。林業局の通達で、野生ザルの捕獲に対し許可が必要となり、取締りも強化されています。また、各繁殖所が販売・輸出できるサルの数や最低価格も決まっています。国としては国内研究を優先せよということですが、5年ほどは中国で数多く使うようにはならないでしょう。供給力アップに努めています。
◆韓国 金 忠龍
(韓国安全性評価研究所)
サル類の生産はしていません。サルを用いた安全性試験などは始まったばかりで、輸入されるサルが急激に増えています。検疫に関しては「家畜伝染病予防法」に定められており、2004年、改正により霊長類に関しては検疫期間が5日から30日に伸びました。2002年、OIE規約にもとづき、霊長類の輸入衛生条件が告示されました。輸出国の施設は、日本ではつくば霊長類センターとハムリーになります。私のいるKIT(韓国安全性評価研究所)の霊長類施設では、230頭のサルを収容可能です。(スライドで施設の紹介など)
◆ベトナム 日柳 政彦
(日本医科学動物資材研究所)
繁殖所はMAFOVANNY Primate Breeding社だけになります。当初MAFOVANNY Iだけだったのですが、2003年にIIができました。Iは65,000m2の敷地に、ハーレム方式でカニクイザルを繁殖。18,000頭の収容能力があり、2003年は5,800頭を生産しました。輸出先はおもにアメリカで、60%強を占めます。MAFOVANNY IIの供給開始は2、3年後ですが、Iとあわせて8,000~10,000頭生産となり、世界有数の規模となります。
輸出前検査は、2国間協定により、相手国の検疫制度にあわせて行います。国に法律はありません。検査の一部はアメリカの機関に出しており、オプションで要望通りに行います。検疫期間は、日本に対しては45日以上。対EU輸出の場合は、フランスの法律を参考にしています。エア・フランスのみが空輸を行っているためです。アメリカの航空会社はサルを乗せないため、北京経由で。アジアへは、それぞれの国の航空会社と日本航空が中心です。
寄生虫には非常に困っていたのですが、薬剤投与で減っています。現地の獣医師が使えると判断したサルでも、発疹、ストレスによる脱毛など、日本で見ると問題のあるケースもいろいろあります。
ところで、10月1日からすでに施行されている、細菌性赤痢の獣医師による届出義務に関してですが、症状が出なくてもキャリアであれば届出すべきですし、届出と同時に治療も行うべきでしょう。
自治体には全国均一に対応してほしいので、統一のガイドラインを望んでいます。実験動物はペットなどと違い、感染拡大しない点を配慮してほしいですし、動物愛護団体が情報開示請求してきて、近隣に情報を流されたりしては困るからです。過去のデータでも2,700頭のうち26例、1%程度が出ています。
「日本におけるサル類の検疫」
宮嶌 宏彰((株)新日本科学)
国内最大ユーザーの立場からお話します。輸入に関しては、以前はインドネシアが多かったのですが、最近は中国です。2001年は6,941頭。去年は少しすくない。
霊長類は、実験用として確立されていない、飼育が難しい、人との共通感染症が多いなどの問題があります。供給をほとんど輸入に頼っており、入手が不安定で、動物福祉の問題もあります。輸入可能国は、アメリカ、中国、フィリピン、インドネシア、ガイアナ、ベトナム、スリナムの7カ国のみ。農水大臣指定の検疫施設で30日以上検疫した繁殖個体などの条件があります。
サル類の人畜共通感染症のうち、輸入動物由来は約30種ほど。細菌性赤痢の4菌種が二類感染症として直ちに届出とされました。旧世界ザルに多発し、ストレスで発症することがあります。
主要感染症の感染がなくても7カ国の出生でなければ輸入できないのは不満です。7カ国以外から新規に輸入する際の基準も不明確ですし、ある国で1カ所でも問題があると、その国から全部が輸入禁止になります。7カ国に対して3種類の異なる条件を出していますし。個人的には輸入窓口が鹿児島にもほしい。中国からの輸入停止の際は、日本の省庁は情報公開をしてくれなかった。
使っているサルの頭数は、アメリカが多く、日本とは一ケタ違います。各国の法規制では、ペットとしての輸入は禁止というものがかなり多い。検疫後の対応としては、エボラ、マールブルグ、結核は殺処分、細菌性赤痢は投薬治療です。
「展示動物としてのサル類の検疫」(※会報では紙面の都合で載せていませんでした)
成島 悦雄(東京都多摩動物公園)
国の検疫に関しては、家畜伝染病予防法、狂犬病予防法、感染症法で定められた一部の動物にのみ行われており、そのほかの動物はほとんどフリーで入ってきます。そのため日本動物園水族館協会加盟動物園では、やむを得ず自主的に検疫を行っています。理由は、来園者に感染症を広めないため。また職員の安全や、もともといる動物の健康を守るためです。当該動物の馴致の目的もあります。感染症法にもとづく輸入禁止動物は、コウモリ、プレーリードックなど7種。
隔離検疫のできる施設をそなえている動物園はあまりありません。どこか一角を使って検疫を行っているところがほとんどです。動物の種類、園によってまちまちですが、だいたい2~4週間行い、この間に検査などを行います。多摩動物公園の検疫舎は、動物園の隣にあり、一応別の施設です。
動物園では、輸入が許されている国以外からサルを輸入することがあります。法改正後は、上野動物園が2001年、マダガスカルからアイアイとハイイロジェントルキツネザルを輸入した例と、姫路動物園が2004年にオランウータンを輸入した例の2例です。
輸出国と日本でそれぞれ30日検疫をし、国としてはエボラ、マールブルグしか検査ができないため、その他の検査に関しては動物園の自主検疫の間に行います。社会性の高いサルを合計60日以上隔離することは大変なストレスです。日動水は、2003年12月に農水大臣と厚生労働大臣にサル類の輸入検疫規制緩和の要請を行いました。
アメリカの検疫施設の視察にも行きました。アメリカは、実験用か展示用のみ輸入可能で、ペットは不可となっています。検疫もCDCが認定した施設に限られ、13施設のうち3カ所が動物園です。国の基準と州の基準の2つがあり、州の基準の方が厳しい場合もあります。サンディエゴ動物園、スクリプス研究所などを見てきました。
作業手順はマニュアル化されており、事前教育なども行われています。多くの霊長類はツベルクリン検査にあまり反応しませんが、逆にオランウータンは反応しすぎます。そのための対応や、死亡した動物などへの対応などもマニュアル化されています。サンディエゴ動物園は、ヘパフィルターもなく、部屋も陰圧ではありませんでした。アメリカはそれほど厳格ではないと聞いていましたが、その他の点ではそれなりに厳格でした。
しっかりとした施設から出される動物であれば検疫の条件を緩和してほしいと思います。検疫所も、ストレスのないゆったりとした空間で過ごさせたいものです。
「行政の立場から」
國保 直子(動物検疫所成田支所)
サルに関しては、エボラ、マールブルグ発生地域から、およびその地域を経由したものが輸入禁止となっていますが、輸出国の防疫体制などを考慮し、輸入可能地域が定められています。輸入禁止地域からでも、特別な理由があれば、厚生労働大臣・農水大臣の許可で輸入可能です。
サルの輸入に際しては、まず輸出国監視下における輸出検疫が必要です。出国前に一定の規準を満たす期間・施設において、30日以上の隔離検疫を受け、輸出国政府機関発行の検査証明書の添付が必要です。
またサルを輸入する70日前から40日前までに、種類・頭数、輸入時期、希望場所を動物検疫所に届出る必要があります。そして、家畜防疫官が行う到着時の検査を受ける必要があります。検査は係留して行い、エボラ等の潜伏期間を考慮し、30日間隔離します。
係留検査場所としては、まず成田と関空にある動物検疫所の施設。次に、農林水産大臣の指定する輸入検査施設。無事に30日間過ぎれば、輸入検疫証明書の交付を行います。
2000年からの統計を見てみますと、増減などの傾向はなく、コンスタントに入ってきている印象です。数の多いリスザルは、ガイアナとスリナムからしか輸入されませんが、ガイアナに関しては、輸出検疫証明書の関係で問題があり、2003年8月以降、輸入停止が続いています。アメリカからは、チンパンジーが1頭入ってきただけです。
空港の職員などには、指定動物の取扱者に対する安全講習会を受講してもらっています。成田には他の動物も入ってきますが、霊長類舎は、それらの動物が入る制限区域の一番奥にあります。
輸出国に対しては、今はインドネシアに関しても新しい条件で検疫してもらっていますが、衛生条件への十分な理解を得られるよう、最後まで了解をとって進めることが必要。施設の移転や改築について、連絡もほしいですし、証明書の内容も最新のもので書いてほしい。
また、輸出検疫については法的に定めがありません。今のところ相手国の要求する検査を輸出者に行っていただき、家畜伝染病予防法上の証明書を出して対応しています。輸出もけっこうあるので、整備が進めば現場としては助かります。
感想
そのほか、ポスターセッションでの研究発表もあり、研究者同士の意見の相違などを耳にしました。動物実験の科学性とはなんだろうか?と感じさせられる内容でした。また改めて紹介できればと思います。
細菌性赤痢の届出についても、赤痢はいくらでも見えなくできる、治療してしまえばよい、という会話も聞こえてきました。先日別のシンポジウムで「赤痢の届出と言っても、では実験施設に獣医師が必ずいるか? 検査体制があるか? 実際にはそうではない」という話も出ており、法の実効性に不安を感じます。
痛ましかったのは、積んだ箱が密着していたため空気穴をふさがれて輸送されてきたリスザルの話で、真ん中あたりの箱ではみな死んでいたとのことでした。リスザルは検疫期間中にも多く死んでいるようです。
実験に使われる前にも輸送や検疫でストレスをため、時には命も落とすサルたち。直接動物実験と関係なさそうに見えるところでも、動物たちは苦しんでいます。