ナショナル・バイオリソース・プロジェクト「ニホンザル」 RR2002企画シンポジウム -第3回-
「ニホンザルの研究利用とその将来像」

(AVA-net会報 2004/11-12 109号掲載)
※現在、AVA-netは存在しません。吸収合併した団体についても活動を支持しておりません。

2004年10月1日(金) 
主催「ニホンザル」 バイオリソース委員会

実験用サルの繁殖供給体制確立をめざす「ニホンザル」バイオリソース・プロジェクト(「マカクザル」より改名・略称:NBR)のシンポジウム第3回目が開催されました。今回は、動物実験全体の法規制を視野に入れた内容も加わり、動物愛護管理法改正を前に、会場からは質問が噴出した形になりました。その要旨をお知らせします。

発表内容

「NBRプロジェクトの進捗状況」
委員長 伊佐 正(生理学研究所)

年間300頭の供給計画のうち、霊長研が200頭、民間業者が100頭を請け負う。反対運動もあるが、母群としては、過剰繁殖に悩む動物園からの導入が適切だろう。
これまでの繁殖は主に民間業者の方で開始し、昨年度末時点で母群が360匹。うち134頭はもともと施設所有のサルであり、226頭が平成14~15年度の間に新規導入されたサルである。昨年生まれたサルは現在30数頭、今年度は60数頭。昨年度導入のサルは交配時期に間に合わず、出産していない。2、3年後、3、4歳になる時点で供給を開始する。霊長研の方は、まだ施設が予算化されておらず、計画の段階。犬山市の山林を借り、30haの放飼場を検討中。準備段階として、サルの飼育密度に関し、東大演習林との共同研究がスタートしている。

「NBRプロジェクト ガイドラインと供給の流れ」
副委員長 泰羅雅登(日本大学)

サル供給のためのガイドラインがほぼ完成、現在ユーザー側に検討依頼中。動愛法改正や日本学術会議の提言などとのリンクも必要。あくまでも案の段階だが、サル供給の前提は、所属研究機関の審査を受け、きちんと承認された研究であることだ。ガイドラインの遵守、追跡調査に対する報告の義務、サルの現況調査に対する協力なども求める。経歴の審査も行い、未熟な場合には講習なども指示する。供給の審査のポイントは、各施設の実験委員会がきちんと審査をしているのかであり、実験の中身までは踏み込まない。ケージの広さなど具体的な数値も挙げているが、推奨値であり、規制値ではない。

「サルを用いた研究の果たしてきた役割(基礎研究から応用に至るまで)」
日本大学 泰羅雅登

サルを用いた研究は、人の脳機能を知るためなどに行われ、治療法の開発にも貢献してきたが、「知りたい」という人類の知識欲を満たす点も大切だ。今すぐ役立つわけではない研究も大事。ヒトを対象とする研究は、脳の領域が何をやっているかはわかるが、どのように機能しているのかはわからない。日本は前頭前野の研究が世界トップレベルだが、動物実験を取り巻く環境が確実に変わってきていることも知らせていくべきだろう。神経機能の研究に使われるサルの頭数が1研究あたり2~3頭に減っているという報告もある。動物実験による研究を求める声にも応えていきたい。

「実験動物としてみたニホンザルの特性」
京都大学・霊長類研究所 松林清明

サル類の特性は、まず人と近いこと。短所は、共通の感染症が多いこと、単胎であること、性成熟に時間がかかること。人に近いがゆえの倫理的な要素もある。また、実験動物として確立されていない野生動物であり、遺伝的・微生物的統御も遅れている。野生種の保全の問題もある。
ニホンザルは、最も高緯度まで分布を広げたサルであり、寒さへ適応した。暑さに弱く、季節繁殖性も大きな特徴。繁殖面では気難しく、繁殖効率は低い。なぜニホンザルを使うのかといえば、人馴れの程度、集中力、訓練、好奇心、神経質でないこと、適度に賢いこと、耐寒性が高いことなどが理由に挙げられる。

「動物福祉とは」
動物との共生を考える連絡会代表 青木貢一

連絡会では、動物愛護法の改正点の中に「動物実験を規制する」という項目を入れている。これは、実験できないようにするという意味ではなく、実験をするのなら、ルール、法規制の中で正々堂々としてほしいという意味だ。現在、自主規制がきちんと機能しているかといえば疑わしく、施設の届出(登録)制、倫理委員会の設置と実質的な審査、委員会への一般人の参加などの項目が定められるべきだ。(他、自治体による査察や、3Rの明文化、実験動物業者の登録制、記録の保管・情報開示、個体識別管理など)
動物福祉のポイントは、5つの自由の保障。これは動物を飼育管理する者には等しく関わる共通項目であり、動愛法の除外規定は外すべき。実験動物の福祉に関しては、動物愛護法の中に規制項目をつくっていきたい。関係省庁と動物福祉関係者、研究者とが同じテーブルについて議論していこう。

「海外の動物実験審査制度について」
自然科学研究機構生理学研究所 鍵山直子

欧米での法体系における共通点は、3Rにもとづく動物実験の審査と、コスト・ベネフィット分析に基づく実験計画の評価の2点。相違点は、北米2国は自主管理体制だが、ヨーロッパは当局による施設の査察があり、動物実験の審査も行政当局が直接行う形だ。そのため実験承認まで数カ月待たされるなど、研究開発の遅れを引き起こしているが、アメリカでは遅れは発生していない。自主管理の仕組みについて審査するのみで、計画書の内容に立ち入らないためだ。日本の法体系はアメリカと似ており、現在も法規制はあると考える。学術会議の言う統一ガイドラインが、各機関の格差を是正するツールとして有効だろう。国際標準化の動きにおいても、3Rを基本として各国に任せざるを得ないという方向だ。

◆主な質疑応答の内容

●=質問 ○=答え

新規導入のサルはどこから導入したのか。ここが公開されないとグレーな利用という評価が付きまとうのでは?
○特に民間の動物園であれば経営に対する影響が甚大だということで、公開しないでほしいという要望を受けている。

審査を行う審査員の中に外部の人を含める予定はあるか? 自主規制を担保するために法的な制度が必要ではないか?
○国全体での実験動物に関する動きを受けて、考えていきたい。

現状の実験委員会では個々の実験の社会的意義に関しての審査は全く行われていない。社会的理解を得るためには必須ではないか?
○各施設の委員会に対して、社会的意義も考慮した審査をしてほしいという要望を出すことは可能であり、重要な点。今後検討していく課題のひとつ。

●ガイドラインを誓約書通り実施しているかどうかの査察についてはどう考えるか?
○第三者機構ができる可能性もあり、我々だけで「ここまでやる」とは明確に答えられない。

胎児を用いた研究は申請対象になりうるのか?
○現在のところは考えていない。申請があれば考慮をするかもしれない。

「野生由来のサルを実験動物としては利用しない」という合意を、実験者サイドで持つべきでは?
○その点では意見が分かれており、プロジェクトの成功度にもかかってくるが、現在プロジェクトの将来に関して青空が開けている感じではないので、100%の回答はできない。
○有害駆除したサルの有効利用に関しては、おそらく国レベルで議論してもらえるようになるのではないかと考えている。

●有害駆除のサルが使えるとなると、そちらの方が安く、難しい手続きもない。このプロジェクトにも支障が出るのではないか。
○研究目的にあったサルを手に入れたいということもあり、単に値段の問題だけではない。

知的好奇心にもとづく研究であっても、研究には国民の税金が使われる。国民に対する説明責任についてはどう考えるか?
○税金を使って研究をしているのだから、当然説明責任は発生すると考える。説明をしてこなかったことは反省している。今後国民に向けてもっと発表していきたい。

現状の各研究機関では、最も苦痛度の高いEの評価を受ける実験を明確に禁止していないところがあるが、NBRとしてEを明確に禁止させる考えはないのか。
○Eであるからといって禁止をすべきだということにはならない。
○コスト・ベネフィットの検討が重要。痛みの実験であれば、それに価値があるのかどうかを判断していく必要がある。

パネル展示の写真が事実を示していないという話があったが、実験の様子をビデオに記録し、その公開を義務づけることで問題は解決するのではないか。
○いずれそうしていくべきかもしれないが、現状そういったことには踏み切れないでいる。

自主規制が機能していると、どうやって一般国民が確認できるのか。そのためにも法規制が必要なのではないか。
○社会に対するアピールが必要。その方法としては、第三者評価機構がキーになる。

パネルディスカッション「日本におけるサルの研究利用」

座長:茂原信生(京都大学・霊長類研究所)

パネリストから、サルの流通の透明性や、実験の必要性の周知、自主管理制度などについての意見が再度提出されました。会場からの「審査の時点で研究の社会的意義を審査することはあってはならない」という意見に対し、「現状の委員会では無理だが、審査をする場がないことは問題だと考える。苦痛のカテゴリ判定は個々の計画書の段階ではじめて出てくるのであって、そのとき初めてコスト・ベネフィットの判定ができることになるといえる。学術会議の提言の中でも、コスト・ベネフィットや社会的意義に関してはうたわれていない。今後法的な観点も含めて必要なのではないかと思う」という意見が出されました。

◆新聞報道

翌日の2日、共同通信がこのシンポジウムについて記事を配信(「サルの研究利用めぐり議論 医学者や保護関係者ら」)。市民側の質問や連絡会の意見をメインとしており、歓迎できるものだと思います。メディアから見ても、このプロジェクトや動物実験全般に対し、市民の目が厳しいことが印象的だったのではないかと感じさせる内容でした。

◆情報公開の問題点

このプロジェクトには多額の公費が投じられていますが、情報公開では、その大半を使用する業者名は非公開でした。また、野猿公園の野生ザルを利用しようとしている問題や、動物園からの母群確保という倫理的問題、さらに犬山市からの山林の貸与では環境汚染問題も予測されます。プロジェクトの将来は青空ではないと言いながら、子ザルだけは数多く誕生させている状況に危機感を強く感じました。

ニホンザル繁殖を請け負う民間業者への委託額
H14年度  66,498,000円(80,000,000円中)
H15年度 100,000,000円(167,131,000円中)

文部科学省へ提出された「委託業務完了報告書」より。( )内は、プロジェクトの総予算。

◆そのほかのサルをめぐる動き

今年の8月、新日本科学という医薬品開発受託企業が、中国広東省に建設中の実験動物供給センターの第一期工事が完成したと発表しています。このセンターは、5年後には約2万匹のサルを収容する世界最大規模の霊長類供給センターを目指しており、近く中国から安価なサルが流入してくる時代がくるかもしれません。国内でのニホンザルの繁殖事業が需要を失う可能性はないのでしょうか。サルの寿命は長く、10年後、20年後の需要予測に関して見誤りがあってはならないと考えます。