ナショナルバイオリソースプロジェクト「ニホンザル」シンポジウム

2011年12月9日 於:東京医科歯科大学湯島キャンパスM&Dタワー 鈴木章夫記念講堂

※本稿は、NPO法人地球生物会議ALIVE会報「ALIVE」102号(2012春号)に事務局として執筆したものです。

※現在は、ALIVEには関わっておりませんし、活動も支持していません。

 
 文部科学省の予算で行われている実験用ニホンザルの繁殖供給事業であるナショナルバイオリソースプロジェクト「ニホンザル」(以下、NBRニホンザル)がシンポジウムを開催しました。この事業もすでに2期目の5年間を終えようとしており、開始から計10年間が過ぎました。文部科学省によって3期目の継続も決定していますが、果たしてこの事業に問題はないのでしょうか。閑散とした会場には一般市民が集まっている様子はなく、内輪の会合のように見えました。その内容をご紹介します。

年間100匹の供給体制

 NBRニホンザルの現状については、第一部「ニホンザルを用いた研究成果」の冒頭で、東京医科歯科大学・泰羅雅登氏から10分程度の説明があり、また第二部「ナショナルバイオリソースプロジェクト第3期に向けて」の冒頭でも、生理学研究所の伊佐正氏から将来展望の形で同じような話がありました。

 京都大学霊長類研究所の放飼場は平成18年に完成しており、現在の飼育数は、母群が231匹、子ザルが124匹とのことでした。また、もう1カ所の委託先である民間施設には母群358匹、子236匹がおり、合わせて360匹近い育成群がいることになります。

 供給数に関しては、平成18年(2006年)の7匹から平成23年(2011年)の83匹まで数を伸ばしていますが、年間200匹という以前の目標達成は難しかったようで、「年間100匹までの供給体制がほぼできあがっている」という説明になっていました。

 それでも十分多い動物実験への供給と言えますが、「まだまだ少ないので、来年以降ぜひ積極的に応募してほしい」という呼びかけも行われており、動物実験の中でも特に霊長類の実験を削減しようとする世界的な流れに逆行したものを感じます。

 ただし、「脳神経系の動物実験は覚醒実験も多く、長期にわたるので、より一層の動物福祉への配慮をしてほしい」という発言もありました。また人畜共通感染症についても、「何があるかわからず、保証はできないことを心に留めてほしい」とのことでした。

母群の導入は一旦終了したが……

 肝心の母群導入の今後について説明がないので質問をしたところ、基本的に一旦終了したと考えているとのことです。

 ただし、オス・メス比の問題や、大量死を出したサルレトロウイルスの問題などもあり、今後母群の導入を全くしないかといえば、そうとも断言できない様子です。

 今はサルも若く、すぐの導入計画はないのでしょうが、母群導入の際のガイドラインが必要ではないかといった話も出ており、欲しくなればまた導入も考えるということだと思います。

謎の大量死を起こした感染症のその後
  ~供給先の研究機関にも感染ザルが

 報道もされたので記憶に新しいと思いますが、京大霊長研ではニホンザルが謎の出血症で大量死しました。サルレトロウイルス4型(SRV-4)が原因で、おそらく実験用のアカゲザル由来です。NBRニホンザルでは、新たに疾病検討委員会を設け、サルの供給に際しては、一旦、中間の検疫施設に移して検疫を行ってから各研究機関に送る方法をとることにしたそうです。(以前は研究機関へ直送)

 この感染症の対策について、霊長研の岡本宗裕氏がした発表では、吐血するサルのショッキングな写真も映されました。泥状の便や紫斑、歯茎の出血など、いきなり症状が起きる特異的な病気ですが、サルにとってみれば、霊長研に連れて行かれることがなければ、かからなかった病気です。

 また、子ザルの供給先のうち、6機関からは検査データが来て、陽性が5匹おり、何と、すでにウイルスを出しているサルもいたと言っていました。これでは全国の研究機関に感染症を撒き散らしたようなものですが、検査は1回ではわからないため、定期的な検査をぜひしてほしいとも言っており、今ごろこんな呼びかけをしているのは……と悠長なものを感じました。

 対策としては、ウイルスを出している場合は即、安楽死とし、「ほかは早く実験に使うなどしてほしい」と言っていました。

民間会社の倒産には触れないつもり?

 NBRニホンザルの繁殖委託先であった民間企業「日本野生動物研究所」は、昭和63年(1988年)に有限会社として設立され、昨年(2010年)3月23日に株式会社に商号変更し、その直後、1カ月もたたないうちに特別清算を行っています。つまり、倒産です。

 もともと、この民間委託先の経営状態が悪いことがNBRの抱える課題のひとつとされていましたが、倒産時の負債総額は約9億5000万円で、昨年の鹿児島県内の企業倒産では、5月時点で「最大」と報道されています。

「民間信用調査機関の東京商工リサーチ鹿児島支店によると、同研究所は海外輸入に頼っていた実験用サルの国内飼育、繁殖、販売を目的に88年設立。大学や文部科学省などに納入していたが、約30万円の輸入サルに比べ、国内飼育は100万円以上かかり、採算が取れなかった。数年前から出資者と会社整理に向けた話し合いが進み、3月23日の株主総会で解散が決議された。」(毎日新聞地方版2011年5月7日)

 ではサルたちはどうなったのかと思われるかと思いますが、実は似たような名前の「株式会社奄美野生動物研究所」という会社が、平成19年(2007年)に同じ場所に設立されています。つまり、「有限会社日本野生動物研究所」は事業を2つに分け、ニホンザルのみを、新しい「(株)奄美~」の所有に移し、NBRニホンザルも、この新会社への事業委託に移行。負債は「(株)日本~」に負わせて倒産させれば、ニホンザルだけ新「(株)奄美~」としてきれいさっぱり再出発できるわけです。

 ちなみに、平成18年に当会が鹿児島県に対して情報開示請求した際の資料では「日本~」には「アカゲザル等」1910匹とありました。ニホンザルが何匹なのか、内訳が開示されないため、それを不服として鹿児島県と情報開示で争いましたが、結局開示はなされないままでした。

 しかしその後、全国一斉にサルの飼育に関して情報開示請求をかけた際には、平成19年度の資料が開示され、「(有)日本~」にニホンザル0匹、「(株)奄美~」にニホンザル最大1000匹となっていました。

 ちなみに、平成18年に開示請求した際には、平成16年(2004年)7月27日付の書類が開示され、添付されていた登記関連書類によれば、当時「(有)日本~」の取締役には高木博義氏(静岡県浜松市)がいました。この人は、大手実験動物生産会社である日本エスエルシー株式会社の代表取締役でもあり、同社が「(有)日本~」の経営を引き受けたという当時の話と合致しますが、倒産時の登記には記載はなく、すでに撤退していたようです。

 NBRニホンザルのシンポジウムが開かれるのであれば、当然この経緯について詳細な説明があるものと思いましたが、なんと、発表を行った伊佐・泰羅両氏からは、一切この話についての説明がありません。県内最大と報道されるような企業の倒産であれば当然、社会に与えた影響(迷惑)も大きいと考えられますが、研究者はサルさえ使えれば、そういったことはどうでもいいのでしょうか。

 質問は用紙に記入する方式だったので、「もしや計画倒産かと思えるような状況なので、多額の税金が投下されている事業としては、きちんとこの経緯を説明するべきではないか」と書きましたが、司会の泰羅氏は「倒産」という言葉すら読み上げず、「詳しい方がいるようで……」と何か動揺したような反応とともに、民間施設の経営についての無難な質問にアレンジして読み上げていました。伊佐氏からは、新会社でニホンザルを管理することになったので契約を結んだという簡単な説明があったのみで、司会が「もう少し詳しい説明を」と促しましたが、その意味するところはあまり通じていなかったようです。

*参考・日本野生動物研究所の倒産に伴う霊長類の殺処分について

ALIVEが鹿児島県に確認したところ、同社の倒産に伴って安楽殺されたサルの種類と数は以下のとおりでした。

アッサムモンキー 23匹
ベニガオザル   68匹
サバンナモンキー  1匹(自然死)
マントヒヒ     1匹
クモザル      1匹
ブタオザル     1匹
マンガベイ     1匹
計        95匹

 アカゲザル、カニクイザル、タイワンザルの飼養許可については、同社から移転されていますが、これらは動物実験という「使い道」のあるサルたちです。

「(株)奄美~」設立以前の平成17年度2005年)には、NBRの予算から、同社に1億2300万円が投下されていますから、当時から倒産が危ぶまれていた企業に対しこれだけの税金が使われたことには疑問が残るのではないでしょうか。また、企業の命運に左右されるサルたちの「命の価値」についても考えさせられます。

ニホンザルは幾らで入手できるのか?

 では、研究者はNBRからサルを幾らで入手しているのでしょうか。税金で運営されているとはいえ、このNBRも経済的な面で適正な運営をしなければ、いきづまるかもしれません。サルの繁殖は、お金もかかり、事業としては難しいのです。

 しかし、サルの供給金額についても話が出ないので、価格も質問したところ、「サルは売っていません」とのこと。つまりサルそのものは無料であり、出荷にかかる経費のみを支払うため、年によってその金額は変わってくるという説明でした。現在は、中間に検疫施設を介在させているので、その飼育費用や検査費用がかかり、移動にかかる費用なども追加されて、平成23年は年間28万円ほど、その前年は30万円ほどだったそうです。

 これは、ちょうど輸入サルと競合するかしないかくらいの金額設定であり、よりたくさんニホンザルを使わせようとする意図を感じます。繁殖にかかる費用すべてを負担するのであれば、研究者たちは到底この金額ではニホンザルを使えないのです。

研究者が表に出したいのは「成果」だけ
~異常行動が自閉症のモデル?

 このシンポジウムの主な目的は、ニホンザルを使った研究の「成果」について知らしめることだったと思います。しかし、そういった科学者が宣伝したいような結果は、多くは公開されているものです。そこには出てこない動物の飼育状況や扱い方こそ普通の人たちにとって気になることですが、例えば脊椎に電極を刺しているはずの実験でも、その部分がどうなっているのか、明確な言及はありません。

 また、ひとつ疑問を感じた研究がありました。ほかのサルがやっていることを観察した上でないとこなせない課題を、3匹のサルに与える実験です。1匹成績の悪いサルがいるのですが、そのサルCは、ふだんの飼育ケージでも慣れず、爪を噛んだりして、ほかのサルと様子が違うのだそうです。

 しかし、このサルCも、生まれてからずっと野生状態で暮らすことができたなら、そんな異常行動を見せたでしょうか。狭いケージに1匹で監禁されているストレスや、早期に母親から引き離されたことが原因ではないかと思ったのですが、研究者の発表では、これは一方的に「自閉症のモデル」とされていました。

 後天的な理由である可能性はないのか聞いたところ、さすがにその可能性もあるとは言っていましたが、それを立証するにも科学的にはあれこれ必要であり、全くサルが救われない憂うつな世界を実感しました。

海外ではサルは集団飼育が主流

 そういった中、ひとつだけ動物福祉的な話題提供があったのは、実験動物中央研究所の鍵山直子氏によるアメリカ・EUの指針・法令に関する講演です。「動物実験については、動物愛護法ではなく、科学技術基本法でやるのがよい」という新しい私案を示すなど、気になる点もありましたが、霊長類を用いる研究者に海外の法令・ガイドラインがどこまでいっているかを知ってもらうには、よいテーマ設定だったと思います。

 ちなみに、海外ではサルは集団飼育が主流になっていることが質疑応答で話題になっていました。逆に日本は、サルの供給にあたって、NBRニホンザルが研究機関のケージサイズを改めさせたこともあったほどだそうです。一体、それまでどれくらいの大きさのケージに閉じ込めていたのかと思います。

 EUは、新しいケージ基準の遵守期限が2017年となっており、霊長類に関しては特に大きなサイズが決められました。また霊長類の利用そのものも目的が制限されます。日本は、とても追いつける状況にはありませんが、今年の動物愛護法改正が、少しでも研究者に意識改革を引き起こす結果となることを願っています。

 
戻る