昨日、「使いづらい研究費問題」などと、ちょっと同情的なことを書いてしまったので、少し反省してこんなことを書いてしまいます。
研究費のしくみが使いづらいと、昔からいろいろなところで聞いたり読んだりしてきて、私もだまされて「そうなのか、かわいそうだなぁ~」なんて思ってきたのですが、でも今になってよく考えればですよ。
科学界の持つ政治的影響力やワガママ効き度や予算獲得度、その他もろもろのことを考えれば、この人たちが本気で働きかけてしくみを変えようと思ったら、そんなことはとっくにできていたはずだと思います。
ではなぜ、そういうことはされてこなかったのか。
ずばりそれは、研究費を不正にプールして使えたほうが都合がよかったから
そういうことなんだと今は思ってます。
ついでに言えば、たとえ不正な研究費が何らかの研究目的に用いられていたとしても、私的流用との境界線はかなりグレーだとも思います。そもそも皆さん、個人的な知的好奇心を満たすために研究している側面もあることは認めているんだから。
そう言っちゃうと、研究費全体が私的利用だということにになっちゃうかもしれないですけどね(笑)