第53回日本実験動物学会総会
~動物実験をしている側の人々の主張とは~
2006年5月11日~13日
神戸国際会議場
動物実験をしている側の発表一色の3日間で、とても疲れてしまいましたが、幅広い話題が提供されており、問題点などを見聞きしましたので、その一部をご報告いたします。
■ブタに未来はあるか
「実験動物としてのブタの重要性、今後の展開」というシンポジウムをまず一番初めに聞きました。近年、実験用にブタの利用が注目を浴びているのはやはり、保健所等からイヌの払い下げが受けられなくなってきていることがあるそうです。イヌやサルについては倫理的問題が表出しやすいが、ブタでは少ないと研究者側が受け止めているのは、動物種によって差をつけているつもりのない市民側からすると意外なことですが、やはり食用に利用しているという点で、実験する側の心理的負担が多少少ないということも反映しているのかもしれないと感じました。
内視鏡外科医の認定ではブタを用いた技術訓練が必修化されるなど、ブタの利用は拡大する一方に感じます。しかし、一概にモデル動物を作るといっても、イヌ、ブタ、ヒトの種による違いによる困難もあり、麻酔の維持についても人間の薬剤とまったく違ってくるなど、知見が出そろっていない段階とのことでした。次々といろいろな動物に実験利用が拡大していくにつれ、多くの実験を要することになっていく状況には暗い気持ちになるばかりです。
■教育における代替法について
「若手が考える実験動物の将来像」として、若手の会というところが主催したセミナーでは、神戸大学農学部・星信彦教授が北里大学で教鞭をとられていた際、動物福祉に関心を持つ学生たちのサークルの顧問をした経験を話され、この3日間の学会の中で、最も心に残るよいお話となりました。若い世代が育てば動物たちの未来は明るいですが、苦労も多かった様子で、内側から変えていくこともなかなか大変そうでした。
■飼料メーカーの話
同じセミナーで、実験動物用飼料をつくっている製造元からの発表もあり、こちらも非常に興味深いものがありました。食べているものが健康状態に影響を与えるのはヒトもネズミも同じだろうと思われますが、では実験ではネズミ本来の食性に合ったえさを与えるのか、それともヒトの食事にあわせたエサを与えて、そこから外挿するのかなどなど、昔から議論があるそうです。
一般にはあまり飼料の問題は注目されていないそうですが、配合成分が社外秘となっているものもあるらしく、世界中の実験動物がおなじメーカーの飼料を食べているわけではないですから、動物実験の再現性とは一体何なのか、などなど考えさせられることがいろいろありました。
エサから病気は作れるのか?という質問には、確実ではないがある程度はできるのではとのことで、疾患モデル動物に病気を発現させやすい飼料の開発などが今後のメーカーの課題だそうです。
■動物愛護法セミナー
実験動物生産業者である日本SLCが主催したセミナーでは、動物愛護法改正をずばりテーマにしたものもありました。予想以上にしっかりとした内容で、動物福祉に好意的な内容だったためか、会場からは「あなたは動物を処分する(殺す)ことにはどういう考えを持っているのか」という踏み絵的な質問もあり、獣医師がものを言うのも大変そうだと思ってしまいました。
■研究擁護活動が日本に上陸?
この学会3日間に参加して、もっとも偏見に満ちていて現実離れしている感があったのは、動物実験反対の主張を積極的に否定する活動をアメリカで行っている、研究擁護団体の代表による講演です。
「動物実験は必要だということを科学者がもっと積極的に市民に宣伝せよ!」という、扇動的とも言える「演説」でしたが、そのためにはあれもしろ、これもしろと言っていることは、「おそらく日本ではまだまだ無理では?」と思われることばかりでした。
日本は研究者が自信を持って「動物実験はこんなに適正に行われている!」と言える状況にはないだろうな、という感覚のズレも感じました。欧米で動物実験反対運動が過激化した理由のひとつは、こういった研究者側の誤った対応が活発であることもあるのではないかと思います。
子供たちに「動物実験は残酷だ」と反対派が教える前に実験室を見せろ、動物実験は必要だと教えろ、などと言っていましたが、写真に写っているウサギのケージの大きさは日本の何倍もの大きさ! さらに、日本では動物実験施設が動物取扱業から適用除外されていることなどもおそらくご存知ないのだろうと感じました。日本では動物実験施設が「動物ふれあい施設」として登録をしているなどというこっけいな事態にならないよう、きちんと法制度も整えてから、こういう演者を招いてほしいものです。
国際的に利用されている実験施設の第三者認証機関であるAAALAC Internationalの講演もあったのですが、結局のところ実験反対派から問題点が指摘された場合など、あくまで実験者の側に立った擁護活動を行う様子で、第三者による認証とはいったい公平さが担保されるものなのか、研究関係者による自主規制などといったものはどこでも実現し得ないのではないかと、大変考えさせられました。
学会発表に見るさまざまな疾患モデル動物
疾患モデル動物は、人間の病気の症状と似た状態を動物に無理やり引き起こすことでつくられます。今回の学会のシンポジウム講演や一般演題のタイトルからも、多くの動物たちがさまざまな病気にされていることがわかるかと思いましたので、列挙してみました。
「心筋梗塞を自然発症するWHHLMIウサギの開発と動脈硬化研究への応用」
「SZ誘発糖尿病APAハムスターにみられる動脈硬化症」
「自然発症高脂血症マウス:SHL」
「アディポネクチン欠損によるメタボリックシンドロームモデルマウス」
「HDL代謝と動脈硬化の動物モデル」
「代謝性症候群モデルラットを用いた生化学及びプロテオーム解析とその治療法の探索」
「雌性SDTラットにおける卵巣摘出およびエストロジェン処理が糖尿病病態に及ぼす影響について」
「新たな非肥満糖尿病モデルLEA/SENDAIラットの初期病態解析」
「カニクイザルにおける心不全病態を呈する拡張性心筋症」
「ラット血管痛モデルにおける循環器系parameterの変動特性」
「Wilson病モデル、LECラット脳における銅の蓄積とDNA損傷生成」
「HTLV-I tax遺伝子導入マウスにおける関節炎およびT細胞リンパ腫の発症」
「マラリア原虫感染の合併症モデルとしてのNCマウス」
「電位依存性Ca2+チャネルα1A蛋白質ノックダウンによる運動失調マウス」
……
Pick up
ポスター発表「製薬協加盟会社における動物実験の適正な実施の取り組み」
新薬開発を行っている製薬企業の団体、日本製薬工業協会によるポスター発表では、動物福祉への取り組みの状況についてのアンケート結果が公表されていました。
2005年10月、74社に対し行われたもので、回答率は100%。そのうち、自社内で動物実験を行っているのは、82.4%で、その61社中90.2%が動物実験委員会を設置。教育訓練の実施をしているのは82.0%。また、5社が社内規則に3Rの原則の記載がないと答えていました。
ポスター発表「実験動物として確立されたNIBS系SPFネコの生産コロニーの確立と維持管理について」
財団法人日本生物科学研究所実験動物部によるポスター発表の抄録によれば、日本ではまだ「SPFネコの生産は特殊な機関を除いてまだ確立されていない」とのことで、研究機関では諸外国から輸入してネコを利用しています。その際、検疫期間があるため、使用したい月齢での入手が難しく、各機関では「研究に支障をきたしている」とのこと。発表は、同法人で生産・販売しているヨーロピアンショートヘアーを起源とするSPFネコの繁殖についてのものでした。
ランチョンセミナー「激変する中国の実験動物情勢」
(※紙面の都合で会報には載りませんでした)
熊本大学生命資源研究支援センターで共同研究をしている中国科学院上海生命科学研究院の徐平氏が、実験施設のスライドなどを見せながら、中国の実験動物事情を説明。1980年前は、単なる飼育小屋状態とも言える管理だった様子だが、1980年代以降は、SPF動物の飼育が可能になるなど、めざましい近代的発展を遂げていました。さらには、実験動物の飼育管理や品質、従事者のライセンスについて法律で決められているなど、ある意味日本より進んだ法体系を持っていることについても言及されました。教育期間が長く決められていることについては、その内容について日本の研究者から質問が出ていました。
追記:
同会報では、市民公開シンポジウムI「実験計画書の作成と動物実験委員会による審査」についてなど、ほか3名からも同学会についてのレポートが同時掲載されました。
この市民公開シンポジウムでは、実験計画書の模擬審査が行われましたが、見本として提出されたサルの動物実験の計画書について、順天堂大の教授が、麻酔薬の容量について「少ない」と指摘したのが大変印象的でした。今まで発表者の大学では少ない麻酔薬で処置をし続けていたのでしょうか。
(AVA-net会報 2006/7-8 119号掲載)
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