&第1回霊長類医科学フォーラム(2005年9月・12月)

4年目のニホンザル繁殖計画
問題を抱えつつ、いよいよサル供給へ

 

(AVA-net会報 2006/1-2 116号掲載)

 

2005年9月30日 RR2002企画シンポジウム第4回(東京・台場) &
2005年12月8日 第1回霊長類医科学フォーラム(つくば市) 傍聴レポート
 

会報でも何度かお伝えしている、実験用ニホンザルの繁殖供給計画、ナショナルバイオリソースプロジェクト「ニホンザル」(以下、NBR)について、今年もシンポジウムが開催されました。また、例年行われている予防衛生協会のセミナーでもこのプロジェクトについて演題発表がありましたので、あらためて問題点などをまとめてみました。

NBRの進行状況は……

非常に残念なことですが、現在同プロジェクトがサルの繁殖を委託している民間の施設では、この3年間で150頭ほどの子どもが産まれており、2006年には研究機関へ供給が開始されるとのことです。

またもうひとつの委託先として、京都大学霊長類研究所がありますが、こちらではあらたに大規模なサルの放飼場建設が計画されています。土地の入札をこの冬に済ませ、着工は2006年度はじめ、竣工は同年度末になるとのことで、その後あらたにサルの導入を開始するということでした。

60日間の孤独な検疫期間

現在、霊長類研究所には試験的な放飼場があり、動物園からへ繁殖母群としてサルが譲渡・導入されていますが、その際、「動物園のサル山より霊長研の放飼場のほうが環境がよい」などと言われることがあります。しかし、それではほんとうにサルの導入には問題点はないのでしょうか?

Ava-netの情報開示請求では、サルが放飼場へ入れられた翌日に負傷がみつかり、結果として死亡している個体がいることが判明していますし、やはりこのシンポジウムでもそういう事実はあると認める発言がありました。

ニホンザルは群れ意識が強く、もともと出自の異なる群れを放飼場で一緒にすることはできません。その点については配慮がなされているとのことですが、ただし、放飼場に入れる前の検疫は60日間。そのあいだ、それまでサル山で暮らしていたサルたちは、急に個別ケージに1頭づつ入れられるとのことでした。

そしてその期間中に、もともともっていたサル同士の群れ社会としてのつながりが一度破壊されてしまうため、あらたに放飼場で群れ社会を形成させる際、ケンカなどが発生してしまうとのことです。

このことは、サルという動物の飼育は非常な努力を要するものであり、単に「広い放飼場に行くのだからいいではないか」という問題ではないことを物語っているのではないでしょうか。

そして当然ですが、もうひとつの繁殖施設である民間の企業ではケージ飼いがなされているにもかかわらず、なぜか霊長研の放飼場が大きくとりあげられているという問題点もあると感じます。

需要は年200頭に減少!

このNBRで生産するサルの数は、当初の計画では年間300頭と言われてきました。しかし今回のシンポジウムでは、サルを利用している研究室に再びアンケートをとったところ、大幅に需要数を減らし、年間200頭というのが結論だったと発表されていました。

このことでたいへん問題に感じたのは、それにもかかわらず、現在供給頭数の見直しがなされていない様子がある点です。需要がなくなってきているのであれば、当然計画は変更すべきです。このまま年間300頭ペースで生産を継続し、もっと多くの子ザルが成長して販売できるようになったころ、実は需要が少なくなっていたというのでは、いったいそのサルはどうするというのでしょうか。国家的予算を投じて増やしたサルを、余剰動物として殺処分するなどという事態は断じて許されるものではありません。早急な計画の修正が必要であると感じます。

身内でつくる供給委員会

サルの供給には、NBRとして供給委員会を立ち上げ、所属機関の審査を通っていることなどを条件に、一定のルールのもとに供給を開始するとのことです。未熟と考えられる者には講習を行うなど、ある程度の配慮がなされているとは感じますが、しかし、追跡調査については自主的な報告を求めるのみである様子であること、委員会には関係者以外は法律家のみで動物福祉関係者が含まれていないなど、やはり研究者同士で議論が行われている一面があると感じました。

情報開示請求でも闇は残る!

この繁殖計画に関しては、Ava-netとして、文部科学省へ情報開示請求を行ってきました。しかし開示請求ではいつものことですが、施設責任者名や関係施設名が墨塗りとなっており、これでも一般市民への説明が済んでいるといえるのか疑問に感じ、異議申し立ての手続きをとってきました。
けれどもこの申し立てについては、9月13日付けで、内閣府情報公開・個人情報保護審査会より、「不開示が妥当」との答申書を受け取ることとなりました。

開示請求では、母群のサルの譲渡を行った動物園が、今まで報道された動物園だけではなく、全国で10余あること、また大分の高崎山以外にももう1カ所野猿公苑からの導入が予定されていることなどが判明していますが、この答申によって、そういった場所についてはすべて黒塗りのまま確定となってしまいました。

そもそもこのNBR自体が、実験用サルの入手に関して、違法性をなくし、「ガラス張り」の透明性を確保するためのプロジェクトであると説明されているにもかかわらず、結果としてやはり不透明さが残されることとなっています。(ただし新聞報道により、もう1カ所の野猿公苑が米子市の「猿が島」であることは判明)

棄却の理由は、嫌がらせ!?

それでは、異議申し立てが棄却された理由はいったい何でしょうか? 実は信じがたいことですが、それは名前が公開された個人や施設が嫌がらせを受ける可能性があるということが理由でした。こういった際、かならず引き合いに出されるのが海外の「過激な」活動ですが、いったいなぜ日本でも同様のことが起きると断言できるのか、非常に疑問に感じます。

実際、12月8日に開催された「第1回霊長類医科学フォーラム 霊長類医科学研究センターのグランドデザイン」という予防衛生協会のセミナーにおいて、NBRの伊佐正氏(岡崎・生理研)が演題発表をおこない、その中で、みずから「嫌がらせの手紙ももっと来るかと思ったが、たいしたことはなかった」などと明言しているのです(!)。

このような発言をしていながら、一方で国に対しては「嫌がらせが来る」などと理由をつけるのは、かなり裏表のある態度と感じられます。

また、この発言に関しては、おそらくは正当な批判として送られたであろう意見についても「嫌がらせ」と受け取っている研究者の偏見(あるいはこじつけ?)が見え隠れし、問題を感じます。

ちなみに、繁殖施設として委託を行っている民間の施設に関しても、奄美大島の日本野生動物研究所であることがこのセミナーでは公開されており、単純に相手を見て出したり隠したりしていることがわかりました。

民間施設倒産もありうる?

同セミナーの発表では、今後のNBRの問題点として、この日本野生動物研究所の経営が不安定であることもあげられていました。

そもそも、日本野生動物研究所がNBRの繁殖委託機関として選ばれたのは、経営不振状態であるため、資金的に支える意味があったとも言われています。それほどサルの繁殖はむずかしく、資金的にも難しいものがあるにもかかわらず、国家事業として莫大な資金投入がなされたことに、やはり非常に問題を感じます。

現在NBR側としては、この民間施設を国営の施設へ吸収させることなどを要望しているそうですが、民間企業の経営の失敗の尻拭いを税金でまかなうということ自体がそもそも批判の対象となる上に、数多くのサルを抱えながら仮に急に倒産などということになった場合、一体サルたちはどうなるのか、その責任はいったい誰にあるのか、非常に危機感を感じます。

また、文部科学省のバイオリソースプロジェクト自体も開始5年でいったん終わり、再度申請をしても2010年までとされているプロジェクトです。こういった短期の計画に寿命の長い動物の繁殖がゆだねられているのですから、将来大量のサルが路頭に迷う可能性もゼロではないという印象を持ちました。

飼育の合法性は?

また、同セミナーの質疑応答では、以前滋賀医科大学へ納入したサルの件で「違法の疑い」と報道された業者が発言をしており、「違法状態での飼育は、むしろこの奄美大島の施設のほうだ」と主張していました。

この問題もクリアしたとの説明ですが、確認を要する問題です。

他のサルにも拡大!?

さらにNBRが悪影響を与えていると考えられるのは、他のサル類などに関しても資源化を国に求めていきたいとする研究者たちの欲望に火をつけてしまっているところです。

サルは、げっ歯類のように繁殖のサイクルが短いわけではなく、繁殖にも技術・人手・資金を要する動物です。倫理面でも利用には問題があることから、今後は世界的にも利用が制限されていくべき動物であるにもかかわらず、このようなことがあってもいいのかと、非常に憤りを感じました。

地元も施設建設反対!

ところで、この計画には、なにも動物の側から見た問題点だけがあるわけではありません。仮にみなさんの自宅のすぐ裏山に、サル1600頭を屋外で飼育する施設が建設されるとしたら、どのように感じるでしょうか? サルが逃げてこないのか、臭いはだいじょうぶなのか、水など環境衛生面はどうなのか、不安は山ほどあると思います。

実際、霊長類研究所が新施設建設を予定している犬山市の地元、善師野地区では、建設に対する反対運動が起きており、市の広報誌や、一部新聞でも報道がなされています。

研究者側は、住民説明会を行うとのことですが、はたしてそれだけで対策がなされたと言えるものでしょうか。地元の理解を得られないまま、建設計画が進むことは許されるものではありません。

施設建設は「開発」

また、この新施設開発予定地には、希少植物であるカンアオイが自生しており、この移植が建設前に必要だという話がありました(2006年3~4月予定)。こういった移植は、法的には努力義務でしかないそうですが、希少種に限らず、犬山の自然環境にとって施設建設が破壊的行為である事実は間違いありません。

NBRは、動物実験の倫理性を問う問題であると同時に、地域での動物実験関連施設のあり方を問う問題でもあると考えられます。