予防衛生協会セミナー「東日本大震災に学ぶ」傍聴記

2011年12月1日 於:文部科学省研究交流センター

※本稿は、NPO法人地球生物会議ALIVE会報「ALIVE」101号(2012冬号)に寄稿したものです。

※現在は、ALIVEには関わっておりませんし、活動も支持しておりません。

(誌面の都合で割愛した部分を追加するなど、若干掲載時から修正を行いました)

 

今年(2011年)の予防衛生協会セミナーは、日本バイオセーフティ学会との共催で「東日本大震災に学ぶ―災害時、実験動物と人間社会をどう守るか、バイオセーフティの観点で―」と題して開催されました。実体験が語られる貴重な機会であったにもかかわらず、関係者の危機感が感じられない場面もありました。

東北大学病院
震災8カ月後の東北大学病院

 

「国内外実験動物施設における災害時リスクマネージメント」

科学技術政策研究所 重茂浩美氏

●日本の制度はアメリカ型なのか?

 最初の演題は、文部科学省系の政策シンクタンクからの報告で、日米の動物実験施設の危機管理の制度比較の話でした。サブタイトルこそ「国家的取り組みの必要性」となっていましたが、「日本の動物実験施設の管理は自主規制でうまく行っている」という関係者の主張をそのまま受け継いだ内容で、認識が甘いと感じました。

 特に、環境省の「動物愛護管理のあり方検討小委員会」で熊本大学の浦野徹氏が出した意見書を引用し、東日本大震災で問題がなかったという一個人の見解を鵜呑みにしたような発表をしていたことは、疑問に感じます。

 また、自主管理である点で日本とアメリカが「似ている」と言っていましたが、その時点でそもそも認識が誤っており、「似ているから危機管理もアメリカを参考にするべき」としていたのはさらに解せませんでした。アメリカは、動物福祉法で動物実験施設の登録や査察を定めており、法規制は存在します。「EUはどのように違うのか」という質問に対し、「まだ調べられておらず、回答するほどの知識はない」とも言っており、それならば、アメリカをモデルにするべきなのか、そもそも判断ができないはずだと思いました。

●日米・災害時対策の違い

 日本での動物実験施設の災害時対応は、感染症法の病原体管理を別にすれば、環境省の飼養保管基準にほんの数行記載がある程度です。日本学術会議のガイドラインを参考に各機関で機関内規程をつくることになっているので、アメリカの大学がCDC(疾病予防管理センター)とAPHIS(動植物衛生検査局=動物福祉法を監督)の共同ガイダンスに従って事故対応計画(IRP)を立てていることと、形式的には確かに似ていますが、その内容の濃さの違いは明らかでした。

 さらに質疑応答では、大阪大学の黒澤氏が、アメリカの災害対策は動物福祉法に基づいており、動物保護の観点からのものだと指摘していました。日本も同様にしっかりした法制度が必要ではないかという質問には、環境省の小委員会にも出ているが、話は災害対策まで及んでいないという回答でした。(それは確かにそうなのですが……)

 

「阪神淡路大震災、動物実験施設で何が起こったか ―直下型巨大地震の教訓―」

神戸大学 塩見雅志氏

 阪神淡路大震災発生時、神戸大学の動物実験施設では、建物の亀裂、空調停止、水道管の断裂などが起き、大型の動物飼育用ラックは転倒し、被害が甚大だったそうです。軽量のラックのほうが被害が少なく、もっとも被害がなかったのは、壁に固定のウサギケージや、ビルトイン式のイヌの檻でした。自動給水装置も災害に弱く、金網床も衛生管理に不適だそうです。

 ライフラインが断絶したため、すべての動物を生かすことはできないと判断し、不要・不急の動物については安楽死をするよう文書を出したのは、被災5日目。感染症の問題があり、マウス・ラットの新たな受入れを開始したのは、半年以上経った8月7日だったそうです。

 さらに、被災後につくった災害対策マニュアルの説明があり、動物の生かす順番を決めている話も出ました。①自施設でのみ系統保存している動物、②入手困難な動物、③市販されていない動物、④実験終了間際の動物、⑤市販されている動物の順です。⑤から殺処分の対象になります。

 

「東日本大震災における動物実験施設の対応とバイオセーフティ」

東北大学 笠井憲雪氏

●開胸手術中のイヌが放置された

 東北大学の動物実験施設の責任者である笠井氏の報告は、今年(2011年)5月の日本実験動物学会での講演と重なる部分も多いので、詳細はAVA-net会報149号をごらんいただきたいのですが(注:※現在、AVA-netは存在しません。吸収合併した団体についても活動も支持しておりません)、今回の発表では新たに衝撃的な話が公開されました。震災が起きたちょうどそのとき、東北大医学部では、2カ所で手術を伴う動物実験が行われていたというのです。

 ひとつは、中央棟(いわゆる動物実験施設)2階の手術室で、妊娠中のウサギの心電図などをとる実験が行われていました。このグループは、地震と同時にウサギを直ちに安楽死させました。

 しかし、もう1カ所、3号館12階「臨床分室」と呼ばれる動物実験施設の手術室では、研究者が1人でイヌの開胸手術をしていました。この研究者は、地震がきたとき、イヌの胸を開いた状態のまま、ほかの人たちに声をかけに行き、急いで脱出したそうで、戻ったときには、イヌは死んでいました。

 この件については11月の日本動物実験代替法学会でも発表があり(こちらのページ参照)、そのときの話では、この研究者は酸素供給をオフにして逃げたそうなので、イヌの死因は窒息だと思われます。

 もちろん、この研究者は「人命優先で動物には何もできなかった」と言っており、笠井氏の立場からも「どうしろとは言えない状況だった」との説明がありました。確かに、この3号館は耐震構造となっておらず、医学部の建物の中で一番揺れがひどく、地震直後に立入禁止となった建物です。

●研究者に「その時」の心構えを!

 非常時の行動について研究者個人を責めるのは不適切かとは思いますが、この研究者は、「また同じことがおきたとしても、何かできるかと言えばノー」と言っているとのことで、そこについてはやはり疑問を感じました。実際、職員の間では議論があったそうです。手術中にとっさにできる殺処分方法には大動脈を切断する方法があるそうです。万が一麻酔が覚めたときの苦痛の大きさを思えば、やはりそういった心構えだけでも研究者に植えつける必要があるのではないでしょうか。

 もしかすると、施設管理者から研究者に対してものが言いずらい構造があってのことではないかという印象も受け、やはりこういったことは、国なり学会なりから、すべての動物実験実施者に対して周知徹底がなされるべきだと思います。そのためには確かに自主規制も必要ですが、それだけでよいとはとても思えません。

 研究者も、この話には「自分だったらどうするか」と考えさせられるようで、代替法学会では「人間だったら放置はしない。動物だからですよ」と言う人もいました。

●致命的なのは、ガスの停止

 東北大と神戸大で共通していたのは、大学付属病院があるため、電気の復旧が優先的に行われ、震災当日や翌日には通電していたことです。自家発電装置については、よほど大規模なものが持てるのであれば別ですが、燃料の備蓄や冷却水の問題からそれは難しいとして、今後も早期復旧をあてにしている感じでした。しかし、それは病院をもつ機関だけが可能な話で、その他の動物実験施設については、一体どうするのだろうと思わざるを得ません。

 また、両大学で最も問題となったのは、ガスの停止によって蒸気をつくることができなくなったことでした。暖房が停止し、オートクレーブによる減菌も不可能になると、SPF環境(特定の菌がいない状態)を保てなくなるので、数多くの動物を殺処分せざるを得なくなります。

●動物は本当に逃げないか?

 両大学とも、室内でケージから逃げた動物はいましたが、扉が閉まっており、屋外へ逃げた動物はみられなかったそうです。しかし、そのことをもってして、今後も大丈夫と考えるのはどうなのでしょうか。いずれも、幸いにして建物の倒壊がなかったためと思わざるを得ません。

 東北大は、過去に起きた宮城県沖地震の記録では、転倒したラックも多く、今回の震災では当時の教訓が生かされたそうです。普段の備えの重要さも痛感しますが、もっとも必要なことは、普段から実験に用いる動物の数の削減や飼育場所の削減に取り組むことではないかと思います。

 今回の震災では、つくばのチャールズリバー(大手実験動物生産会社)なども被害を受けたとのことで、下記の本で詳細を知ることができます。

 

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■病原体の保管・運搬についての意識調査

●感染症法についても意識は低い

 ポスター発表として、病原体の取扱いについてのアンケート調査結果が2件掲示されていました。保健所、臨床検査センター、病院を対象にしたもので、研究機関は対象外ですが、ひとつは病原体の運搬に関する意識調査です。

 厚生労働省の「感染症法に基づく特定病原体等の管理規則」を読んだか、理解できたかという質問には、「読んでいない」が17.5%、「読んだが理解できない」が38.0%でした。

 また、感染症法上の三種病原体(結核菌や狂犬病ウイルスなど)は郵便などで送ることはできませんが、ゆうパックで送ることができると思っていた施設が3割ありました。

 そのほか、輸送容器や表示方法などについても誤解している施設が1~3割程度あり、「正しい知識の普及が必要である」という結論になっています。

 特定病原体の保管についてのアンケートでは、三種病原体の保管だけを行う場合でも届出が必要なのに、「必要ない」と思っていた施設が8.2%、追加試験や実験を行う場合にも届出が必要なのに、「必要ない」と思っていた施設が14.1%ありました。

 

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■まとめ

 感染症法という非常に重要な法律でも周知徹底が不十分なことに、やはり不安を覚えます。まして法律もなく、国や自治体の監督下にない動物実験施設の管理について、どうして「問題ない」という説明に納得ができるでしょうか。動物のことは、常に人間の後まわしが現実です。この日、時間の都合で総合討論がなくなってしまったのは残念でした。

 そのほか、マウスに長時間低線量の放射線をあびせる動物実験をした話などもありましたが、「ヒトで発がん性なし」という話に終始して、動物実験への放射線の影響や対策などの話は出なかったので割愛しました。

 
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