第24回大会レポート

2011年11月10日~12日 於:宮城県建設産業会館

※本稿は、NPO法人地球生物会議ALIVE会報「ALIVE」101号(2012冬号)に事務局として執筆したものです。

※現在は、ALIVEには関わっておりませんし、活動も支持していません。

 
 今年(2011年)の代替法学会は、震災から8カ月を経た仙台での開催でした。大会長は東北大学皮膚科学講座教授・相場節也氏です。代替法といえば化粧品分野のイメージがありますが、今年は「動物実験代替法の新たなる展開」の大会テーマのとおり、より幅広い分野で動物実験の代替がテーマとして取り上げられていた印象がありました。

また、今まで代替法に関わっていたわけではない研究者にも講演の依頼がされていました。一方で参加者は前年より減り、製薬会社からの一般演題の応募がほとんど姿を消し、展示ブースもこじんまりとしたものになっていたのは残念です。限られた誌面ではありますが、ハイライトをご報告します。

●11月11日(金) 学会2日目

 今回は、学会2日目から参加しました。午前中は、演題発表者全員のフラッシュ講演と「マンダム動物実験代替法国際研究助成研究助成研究報告会」です。マンダムは代替法への研究助成を続けており、今回は第4回の助成テーマ決定報告と第3回の研究報告がありました。ヒトから摘出した腎臓の切片を使う方法や、ドレイズテストの代替法研究などに助成しています。

■教育講演「菅原努先生と日本動物実験代替法学会」

 昨年亡くなった学会創立者をしのぶ講演でした。菅原努氏の代替法への考え方は、「単に動物実験に代わるだけでなく、動物実験と並行して存在しうる学問体系を持つことが必要」というもので、代替法は2つの異文化を統合するための科学側からの提案だとも考えていたそうです。大変マルチな関心をお持ちの方だったようで、科学と社会について考える人でなければ、こういう分野での組織立ち上げはありえなかったのかもしれないと思いました。

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■特別講演「化粧品開発のpitfall―
加水分解小麦によって引き起こされた小麦アレルギー」~茶のしずく石鹸問題

 学会後、報道で一気に知られることになった茶のしずく石鹸のアレルギー問題について、実際に診療にあたった島根大学皮膚科・森田栄伸氏が講演しました。従来の小麦アレルギーとは特徴の異なる患者が現れ始め、その原因が同石鹸に含まれる加水分解小麦であることを突き止めていく過程は(動物も使われないので)、思わず聞き入ってしまうものがありました。

 原因物質である「グルパール19S」は他社製の加水分解小麦に比べ高分子なのが特徴で、患者は低分子の加水分解小麦には反応しません。結論としては、「たんぱく質を利用する際はご注意を」としか言っておらず、動物実験に関連した主張があったわけではありませんでした。被害は数百名に及び、症状は深刻ですが、発症自体は1万人に1人ですから、ヒトパッチなどでも事前の予測は難しそうです。動物実験でも、予測はできなかったことでしょう。

■教育講演「人道的実験技術の原理―Russell & Burchが述べたこと」

 近年、日本でも頻繁に3R、3Rと言われるようになりましたが、この原則自体は、50年以上前にUFAW(動物福祉のための大学連合)の依頼でラッセルとバーチが著した『人道的実験技術の原理』に書かれていたものです。アメリカの動物福祉団体HSUSがラッセル&バーチ賞を創設したことによって知られるようになりました。

 日本では原文を読んだことのある人はほとんどいないのではないかとのことで、東北大の笠井氏が翻訳をアドスリーから出版することになったそうです。インターネットで入手できる英文も原文全文ではないとのことなので、ぜひ手にとりたいと思いました。(注:現在既に刊行済み。下記参照。)

 ラッセルは「Refinement(苦痛の軽減)だけでは不十分だ。Reduction(数の削減)をするべきである。そして可能ならReplacement(置き換え)するべきである」と言っており、おそらく研究者が思っている以上に、本来の3Rは代替重視です。3Rは現状維持の言い訳のために使われるべき言葉ではないと改めて感じました。

■教育講演「動物の命と技術者の責任について考える」

 東北大の実験技術者の末田輝子さんは、動物たちによりそった視点で発言をしている稀有な方です。今回は、東日本大震災後、倒壊の危険があるため立入禁止となった医学部3号館の動物実験施設での体験を話されました。建物への立入り自体も自己責任で行う状況とのことで、このような決死の覚悟の方々がいなければライフライン断絶の中で動物たちはもっと悲惨なことが起きていたのではないかと感じます。(被災状況についてはこちらの記事も参照)

■ICATAMシンポジウム「動物実験代替法センターの国際協調」

 代替法試験協力国際会議(ICATM)には、アメリカ、EU、カナダ、日本、韓国からそれぞれの代替法評価センターなどが参加していますが、このシンポジウムでは、韓国のKoCVAM以外のすべての参加機関から講演がありました。

●アメリカ NICEATM及びICCVAMより

 ICCVAM(動物実験代替法評価調整委員会)は、「2000年ICCVAM権限法」という根拠法をもって設立されており、NICEATMは代替法評価のための省庁間のセンターである。この2機関は1999年以来、43試験の採用や推奨に関わった。昨年は狂犬病予防ワクチンのための試験の代替法ワークショップを開催、今年はボトックス(ボツリヌス製剤)のための動物実験の代替試験をアラガン社が開発するという話題もあった。新しい毒性予測システムであるTOX21等の取り組みもしている。

●EU ECVAMより

 代替法の利用と研究の発展を促進するのがECVAM(欧州動物実験代替法評価センター)のミッションである。EUのジョイント・リサーチ・センター(JRC)が上部組織。科学諮問委員会(ESAC)のピアレビューを経て新規試験法が実施される。EUの代替法をめぐるネットワークは非常に大きく、関わっている試験法の数も多い。

●カナダ ヘルスカナダより

 カナダに代替法評価センターはなく、ヘルスカナダ(カナダ保健省)が代替法のバリデーションなどを行っている。百日咳ワクチンの安全性試験の代替法や、貝毒の動物実験の代替法などに取り組んでおり、貝毒の動物実験は70%削減を果たした。

●日本 JaCVAMより

 今までは臨時組織に過ぎなかったが、今年の4月、日本動物実験代替法検証センター(JaCVAM)として、国立衛研の中の正式な組織となった。しかし、設置規則に書き込まれた正式な業務範囲は、薬事法関連に限られる。また日本の場合、JaCVAMを通さなくてもOECDにテストガイドライン化の手続きができる。

 OECDのテストガイドラインは工業製品の化学物質向けのもので、JaCVAMが今まで行政に提案してきた7つの試験法も、化粧品等のためには使えない(PMDAが受け入れない)ということもわかったので、今後調整が必要だ。

●日本の問題は?

 海外の組織が化粧品等に限らない幅広い分野での代替法に関わるのに対し、日本では逆に代替法評価センターの組織化にともなって、一つの省庁の、さらに一つの法律の範囲に目的が制限される形になったことを知り、大変驚きました。代替法が必要な分野は広く、日本にも省庁間センターのような仕組みが必要ではないかと思います。(市民公開講座の項参照)

 また、日本の経済規模を考えると、海外に比べて、やはりまだまだ代替法評価センターの規模が小さすぎると実感しました。
 

■シンポジウム「in vitro/in silicoによる化学物質、化粧品原料の安全性予測」

 ほかのプログラムと重なっていて聞くことはできませんでしたが、抄録からポイントをご紹介します。in vitroは「試験管内で」、in silicoは「コンピューター上で」の意味です。

 化審法改正や欧州REACHなどの動向を受け、化学物質の構造から毒性などを予測するコンピューター予測手法(QSARやカテゴリーアプローチなど)の必要性が高まっていますが、日本化学工業協会(日化協)もそういった新しい手法への対応強化へ向けたワーキンググループを立ち上げ、「化学物質が健康・環境に与える影響を調べる長期的研究(LRI)」の活動においても、それら代替法の開発支援をしているとのことです。以前よりずっと化学業界の話も具体的になったと感じます。

 化審法の審査支援業務などを行うNITE(製品評価技術基盤機構)は、実際にOECD QSAR Toolboxを業務で活用しており、化粧品工業連合会(粧工連)も、今年8月から「in silico研究ワーキンググループ」を立ち上げ、化粧品業界におけるin silico研究の普及、活用などを進めることになりました。ほかは資生堂とP&Gの発表がありました。

●11月12日(土) 学会3日目
■シンポジウム「マテリアル・デバイス・ロボティクスの最先端から見る細胞アッセイ」

 何やら難しい名称ですが、現在世界的に見ても代替法として非常に有望視されている分野が、この「Organ-on-a-chip(チップ上の器官技術)」の世界です。昨年、肺でおきるさまざまなプロセスをデバイス上の微小な環境で再現したハーバード大の研究が「サイエンス」誌に公表され、一層注目されました。将来的には、各臓器を模したデバイスを流路でつなぐことで人体全体のモデルにできないかといった考え方もされているそうです。

 このシンポジウムと同じ時間には、「感作性試験代替法の現状と課題」というシンポジウムも行われており、日本発の代替感作性試験であるh-CLATについての講演などがされていました。

■特別講演「環境応答の分子基盤」
~小動物イメージングによる使用数削減

 東北大医化学分野の山本雅之氏による特別講演は、生体が外来異物に反応するときの遺伝子発現機構についての専門的な内容でしたが、小動物イメージングの導入によって殺すマウスの数を減らしている話が紹介されていました。

 イメージング技術を使えば、生きたままマウスの骨などを調べることができます。複数の動物を次々と殺して調べていくより、同じ動物を繰り返し調べたほうが精度の点でも確かです。マウスに何度も麻酔をかけるので個体への負担は気になりますが、代替手法として今後大きなフィールドになっていく分野だとのことでした。

★一般演題からピックアップ

複数のin vitro試験を組み合わせた皮膚感作性リスク評価のアプローチ
資生堂、東北大学皮膚科学講座

複数の代替法を段階的に組み合わせた眼刺激性評価体系
花王、カネボウ化粧品

 最近の国際的な動向として、ひとつの試験を代替する試験法の開発だけではなく、複数の代替法を組み合わせて人体への影響を予測する手法の研究がされていますが、今回の学会では、日本でもそういった方向性のものが幾つか見られました。

テープ剤の主観的剥離力の評価に影響を及ぼす要因の探求
城西大学薬学部、TTS技術研究所

テープ剤の粘着性を評価するためにも、場合によっては動物を用いた試験が必要とされているそうです。ヒトのボランティアで行う試験の予測となるようなin vitro試験の開発のための研究発表でした。

旧透析型人工腎臓装置承認基準に規定された動物実験の代替化の検討
テルモ

 厚生労働省の「透析型人工腎臓装置承認基準」では急性毒性試験と皮内反応試験が求められていたため、テルモでは年間1000ロット分の試験として、膨大な数の動物を使っていたそうです。しかし、その精度には疑問を感じており、このような動物実験は必要ないと思っていたとのことでした。

 同基準は新しい別の基準に変えられており、日本薬局方の「プラスチック製医薬品容器試験法」も、生物試験法(急性毒性試験・皮内反応試験)が細胞毒性試験に置き換えられたため、細胞毒性試験の改良についての発表をしていました。医療機器のためにも数多くの動物実験がされていますが、その代替の一端を知ることができました。

企業ブースでは各種代替法ツールが展示されていました
代替ツール

代替ツール

■教育講演「国際基準に合った動物実験倫理プログラムについて」

 北海道大学の伊藤茂男氏が獣医学分野での動物実験倫理教育について講演をしました。30年前は、今ではできないような実験を行っていたが、現在は動物に対する学生の意識は変わってきており、社会的倫理、個人の倫理、職業的倫理の3つについて、学生が自分たちで考えるような教育をめざしているそうです。

 文部科学省の「魅力ある大学院教育イニシアチブ」で採択されたプログラムとして「動物実験倫理特論」を設け、「産業動物については、獣医師はアドバイザーにしかなれないが、実験動物については誕生前から死亡まで研究者が管理できる」と教えているとのことでした。

 北大は獣医学研究科・獣医学部については、国際的なAAALACインターナショナルの認証を取得していますが、「教育にはいい影響を与えたが研究にはあまり直接のメリットがない、ほかの学部へも拡大したかったが無理だった」とのこと。しかし、認証を受ける際、乳牛を係留するための首かせであるスタンチオンの利用などが不適だという指摘を受け、実験施設についてはパドック飼育に切り替えており、研究の適正化にまったく役立っていないわけではないとも感じました。

 動物を用いる実習については、動物を助ける人になりたい学生たちにどう教えるか、担当教員は説明責任を果たす必要があるという説明です。直接お聞きしたところ、健康な生体を傷つけたり殺したりしないで卒業したいという学生は今までいなかったそうで、今のところ、全く動物実験しないで卒業することが想定されているわけではありません。

 講演では、「動物実験反対にならないような教育をする」と言っていたので、結局対立思考なのか……と思いましたが、「動物に対する考え方は今後変わっていく可能性がある。それに合わせた教育をしたい」とのことで、やはり社会の意識変化が先か、とも考えさせられました。

●株式会社夏目製作所「『3Rs推進』への取り組みについて」

 この日の教育講演は、実験用機器類を販売する夏目製作所が後援しており、同社からの製品の説明もありました。メーカーの生産中止で販売されなくなっていた手技訓練用モデル「コーケンラット」はリニューアル販売されるそうで、試作品に対する意見を募っていました。このモデルは、尾静脈への注射や、経口投与、気管内挿管などの練習をするためのものです。小動物用麻酔装置の低価格化の話もありました。

コーケンラット

コーケンラット
■チャレンジコンテストはボイコット!?

 今回は、動物保護の立場から学会参加している数名が参加をボイコットです。というのも、選ばれた課題が「サザエの体のしくみと研究への応用」(解剖を含む)、「ゾウリムシで放射線の影響を分かりやすくみよう」、「カタツムリ・ナメクジの忌避行動の応用」の3つだったからです。

 このコンテストは、どうして生きものを使うところから離れないのか不思議です。「脊椎動物の代替だからいいじゃないか」という問題ではなく、これでは動物実験と同じ生命への態度・思想を教育しているのと変わりがありません。

 逆に科学に徹するなら、実際の代替法の動向が非常に細分化された分子・DNAレベルの話になっている状況につなげる方向性もありそうですが、それとも違います。大学院生など、若手のアイデア発掘を目指したほうがいいと、いつも思います。

■市民公開講座「日本における代替法研究の新しい胎動」

 国の各政策分野に関連した代替法の展開についてでしたが、市民向け講座としては少々難解な内容でした。「日本は、試験法の開発自体は数も多く優れており、試験法の評価(バリデーション)のノウハウも持っているが、行政的受入れが弱く、普及できていない。また化粧品に特化してきたので、細胞試験で局所毒性をみる手法に偏っており、国際的な情報共有にも弱い。幅広い省庁が関わることで新しいブレイクスルーを目指す」という意味が、タイトルにはこめられているそうです。

●厚生労働省の新規対応

 JaCVAMが正式な組織になり、評価会議を経て運営委員会が認めた試験法については厚生労働省が受け入れる形になったことが、ここでも報告されました。

 さらに今年2月、厚生労働省から「医薬部外品の承認申請資料作成等における動物 実験代替法の利用とJaCVAMの活用促進について」という通知が出たことれは、やはり画期的なことだったようです。

●経済産業省のプロジェクト

 新たに始まった「石油精製物質等の新たな化学物質規制に必要な国際先導的有害性試験法の開発」は、遺伝子プロジェクトと細胞プロジェクトの2つに分かれており、それぞれから発表がありました。

 遺伝子プロジェクトは、ラットの28日間反復投与毒性試験の際に遺伝子情報も得ることで、有害性の予測をより精密化する試みです。動物実験という素朴で古典的な方法を改善し、一つの試験から得られる情報をふやそうという考え方です。

 実はこれには先行するNEDOのプロジェクトがあり、28日という期間に根拠があるのか疑問も感じましたし、そこでは匹数も3匹で足りていました。そもそも28日試験自体を短縮・削減できないのかと質問しましたが、そういう考えはないそうです。

 細胞プロジェクトは、組み込みたい遺伝子を乗せた人工の染色体に、特定の指令に対して発光する遺伝子も入れ、それらを導入した細胞で代替試験を開発する試みです。代替試験とはいえ、遺伝子工学ここまできたか……という恐れも感じます。

●農林水産省のプロジェクト

 農水省もヘルス分野に研究費を出し始め、ブタやマグロの皮に含まれるコラーゲンをガラス化した膜である「ビトリゲル」を、皮膚感作性や眼刺激性試験の代替法として活用する研究がされています。

■シンポジウム「ナノ・バイオテクノロジーとin vitro試験法」

 近年開発が活発なナノ物質の安全性については議論が対立していますが、抄録に興味深い記述があるのでご紹介します。

「ナノマテリアルについては十分に信頼できる実験方法が未だ開発されていないのが現状である.ナノマテリアルによるリスクを動物実験で予知することは非常に困難であると考えられる.すなわち,実験動物はヒトより寿命が短く長期にわたるリスクの予測は困難である.さらに,近年では開発されるナノマテリアルは益々多様化して種類が豊富であるため,動物実験のみですべて対応するのは極めて困難である.」(大阪歯科大学・今井弘一氏「ES細胞を用いたナノ材料のin vitro発生毒性試験」より)

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